02:はさみ/響鬼 最後の一音をかき鳴らすと、足下のバケガニが動きを止めた。音撃弦・氷閃を引き抜き、氷鬼〔ザイキ〕は素早く飛び離れる。バケガニの巨体が爆発四散した。 降りかかる残骸を払い、小さく息をつく。藍鉄の皮膚には、無数の傷が走っていた。気を集中して塞ぎながら歩き出す。足下で清流のしぶきが跳ねた。 オロチ現象は2カ月前に静まったのに、魔化魍の異常発生が続いている。バイオリズムが乱れているのだろう。生育環境に合致しない場所での発生も確認されている。 氷鬼のキャンプは、現場から20メートルと離れていなかった。ヤマアラシだと言われたが、出てきたのはバケガニ。しかも、テントを張り終えた直後に川から出てきた。テントに近づけまいと立ち回ったら、いらぬ傷を負ってしまった。 しかも、氷閃の不調は深刻なレベルに達している。鬼石の反応が鈍く、音撃の浸透が遅い。寿命なのだろう。あまりに酷使しすぎた。 「勘弁してほしいがな……これ以上の悪化は」 このくらいの弱気は、兄――財津原蔵王丸――も許してくれるだろう。 顔だけ変身を解除し、テントに入った。着替えに手を伸ばした瞬間、ランタンの影で小さな何かが動いた。 見下ろした先では、小さな沢蟹がはさみを振り上げ、精一杯威嚇していた。ザイキの手を一生懸命払おうとする沢蟹。その必死さに、思わず笑みがこぼれた。 「バケガニもお前くらい可愛ければなぁ……」 軽くつまみ上げ、川の側へと歩いていく。沢蟹はじたばたと暴れていたが、体が水に触れると、途端におとなしくなった。 ザイキが指を開く。沢蟹はしばらくじっとしていたが、すぐに川の流れに紛れ、岩の間に消えていった。 * * * 道具だと言っているのに、なぜか蟹に。 燈火島時代に生まれたキャラですが、どんどこひねくれていく困った人。 ザンキさんの1歳下の弟で、財津原残桜太が本名。兄の死の原因を作ったトドロキ君を嫌悪してます。財津原の鬼にしてはめずらしく、2本角――という設定。 |