05:ボールペン/響鬼



 決められた道順に従ってポストを回るポイント・オリエンテーリングは、かつてのあきらにとっては散歩も同然だった。
 鬼の道を離れて半年。大会に参加を決めたのは「力」の衰えを感じたからだった。猛士に戻る前に、少しでも勘を取り戻したかった。
 参加して正解だった。たかが山をひとつ越えただけで息が切れ、足が重い。これでは、現場に行っても足手まといになるだけだ。
 下草を踏み分け、枝をくぐりながら歩を進めると、白とオレンジに塗り分けられたポストが見えてきた。3個目だ。小走りで近づく。
 アルファベットはAA。用紙を取りだし、ボールペンで記入する。
「あと7個……か」
 2時間のコース設定らしいが、1時間でクリアしたかった。このペースだと少し厳しい。
 水分を補給し、青々とした木々を見上げる。耳を澄ませる。全身で森の大気を受け止める。さわさわと鳴る木々、森の香り、生き物の気配――。少しずつ蓄積されていく、命の音。押し流されていく喧噪の名残が心地よい。
 ここは何の変哲もない山だけれど、力強い気配に満ちている。調査をしたのがイブキとショウキだという――ふたりがここを強く推したらしい――理由がよくわかった。
 この山は、光り輝く風に満ちている。
 ふと思い出す。このボールペンはイブキからもらったものだ。弟子をやめたあともずっと使い続けていた。
 笑みがこぼれた。
 地図とコンパスを重ね合わせ、4個目のポストの位置を割り出す。ここから北の方角、小川を越えた向こうだ。
 大きく息をつき、あきらは歩き出す。こうしている間にも、鬼たちは浄めの現場に向かい、弟子たちは階梯を登り続けている。止まるわけにはいかない。
 もう1度鬼を目指す。そう、決めたから。
 夏の訪れはもうすぐだ。