ありがた迷惑/ボウケン



 映士の病室に、さくらをのぞく全員が集まっている。その顔を見れば、心配半分、からかい半分といったところだろう。様子見が何%か混じっているかもしれない。
 何にせよ、サージェス1の堅物・西堀さくらと、サージェスきっての野生児・高丘映士の和解は、いつもはらはらと見ていた蒼太たちにとって、とてもありがたいことだった。全力で突っかかっていく真墨とは違い、映士にはよくわからない波がある。いつ食ってかかるかわからない。
 反目が続けば、ミッションの成功率は下がる。つまりは、ネガティブの手にプレシャスが渡る確率が高くなるということだ。もっと言うなら、ボウケンジャーの存在意義にいろいろと波風が立ってしまう。チームが一丸となって任務に当たるのが理想なのだから、不和などない方が良いに決まっている。
(刺激は必要かもしれないけどね)
 少々不謹慎ながら、蒼太はそんな感想を抱く。何事もない日々は面白くない。
「あ、なつき、映ちゃんにリンゴ剥いてあげる!」
 危なっかしい手つきでリンゴに手を伸ばす菜月。蒼太はこみ上げる苦笑をかみ殺す。
「大丈夫かよ……」
 案の定、真墨が心配そうにのぞき込んだ。つんつんしているわりには面倒見が良い。菜月限定かもしれないが。真墨は菜月の兄のような存在だと思っていたが、最近、そうでもないのではないかと密かに思っている。時に過保護な姿は、まるで母親のようだ。間違っても父親ではなく。
 菜月の優しさや明るさ、素直さは、生来の気性なのだろうか。それとも、真墨の育て方――いや、接し方か?――がよかったのだろうか。彼女のそんな性格はとても好ましいと思うし、可愛らしいとも思う。
 だが、その優しさが必ずしも実を結ぶとは限らない。
 蒼太の意地悪な予想通り――。
「痛っ!」
 ナイフは菜月の指を見事に裂いた。あの不器用さを見ると、真墨が家事全般をこなしていたのだろう。容易に想像できる。彼もあまり器用には見えないが。
「俺が剥いてやる。かせ」
 真墨が隣からリンゴを奪い取る。不満そうにむくれる菜月に向かって、得意そうにナイフを振ってみせた。
「大丈夫なの、真墨?」
 菜月のように指の皮を剥いで終わったりしないだろうか。これ以上、病室で流血するのもどうかと思う。
 蒼太が身を乗り出すと、真墨は鼻で笑い飛ばした。
 よりにもよって、真墨に鼻で笑い飛ばされるとは。いろいろ腹立たしい気もするが、それはこの際おいておく。
「ま、見てろって」
 その前に、ナイフの血を拭くべきじゃ……とは言いそびれた。真墨はのんきに鼻歌など歌いながら、リンゴの皮にナイフを当てる。意外にアバウトな対応だ。呪いであれだけぎゃーぎゃー騒いでいたから、もう少しこだわると思っていたが。それとこれとは別、ということだろうか。
 動かすナイフの角度を見れば、どれだけ使い慣れているのかよくわかる。元泥棒――本人はトレジャーハンターだと言い張っているが――というのは伊達ではないらしい。上下に細かくナイフを動かし、皮だけを剥ぎ取るように向いていく。
「わー、やっぱり真墨すごーい!」
 菜月が歓声を上げ、小さく拍手した。真墨は口元をゆるめながらも、視線はリンゴに据えたまま答えた。
「これくらい、たいしたことないだろ」
「器用だと思うよ。全部つながってるじゃない」
 端をつまみ上げると、皮が全部ついてきた。本当に薄い。向こう側が透けて見える。
「なつきが風邪ひいたときねー、真墨、リンゴ切ってすり下ろして、ジュース作ってくれたんだよ」
「はちみつも入れてな」
「そうそうそーたさん!」
「関係ねーだろ、それは……」
 呆れたような真墨の声に、関係なくないよー、と菜月は舌足らずな抗議の声を上げた。聞いているのかいないのか――100%黙殺だろう――真墨はリンゴから目を離さない。
 リンゴの皮むき、終了。見事にリンゴの皮がとぐろを巻いている。
 だが。
 ナイフはまだ動いていた。
「真墨?」
 暁がひるんだように声をかけた。俺様気質な彼にはめずらしいことだ。今まで成り行きを見守っていた彼だが、目の前の光景が信じがたかったに違いない。
 それはそうだろう。蒼太も、自分の目をこれでもかと疑っている。大抵の男にとって、リンゴの皮を薄く剥くのは至難の業だ。器用な自負のある蒼太でも、真墨ほど薄くは向けないだろう。軽々と剥いたあげく、果肉自体も器用に剥きはじめているのだから、驚かない方がどうにかしている。
 嬉しそうな菜月は、間違いなくどうにかしている。
「なんだよ」
 面倒くさそうに答える真墨。あいかわらずナイフは動き続けていて、視線も動かない。
 映士が半ばひるんだように――本当は声をかけたくないに違いない――声を上げた。
「お前、何してんだよ? リンゴ剥いてるんじゃなかったのか」
「ただ剥くだけじゃ面白くないだろ」
(リンゴにエンターテインメント求めてもねぇ)
 思うだけで制止しないのは、蒼太の悪い癖かもしれない。
 映士が救いを求めるように菜月を見上げたが、彼女の視線は真墨に釘付け。小さく声援まで送っている。
 唖然とする暁、頭を抱えこむ映士、応援する菜月、距離を置いて見守る蒼太。周囲の反応など気に留めたようすもなく、真墨は見事にリンゴのかつらむきを終えた。手元に残ったのは、細い芯だけだ。
「おい黒いの! これ、どうやって食べんだ!?」
「端から食えばいいだろ」
「はぁ!?」
「他に食い方ないだろ?」
「普通の食べ方じゃねーぞ、それ!」
「まあ、普通はこうはならないだろうな」
 普段の落ち着きはどこへやら、暁は呆然とした面持ちでつぶやいた。真墨が差し出すお皿の上で、かつらむきリンゴがきれいに丸まっている。
 本人に嫌がらせの意志がないことが、いちばんの嫌がらせだろう。
 受け取った映士が吼える。
「かつらむきなら大根でやれ! 俺様の部屋にいくらでもある!」
 正論だ。
 そして、映士の部屋には大根が常備されているらしい。そのまま丸かじりするのだろうか。
「大根はかゆくなんだよ!」
「あく抜きしろ!」
「そこまでして剥く気はない!」
「むしろ、何でリンゴなんか剥くんだよ!」
「普通じゃ面白くねぇだろうが!」
「俺様はこんなリンゴ面白くねぇ、全然!」
「ならなんだよ、うさぎがいいのか?」
「いらねー!」
 大の男がうさぎさんリンゴを嬉々として食べている光景は、かなり寒いものがある。
 菜月が笑い出した。
「あのねぇ、真墨ってほんとに器用なんだよ。ウィンナーでたこさんとかカニさんとか作ってくれるの。にんじんで鳥さんも作れるんだよ」
「真墨、中華料理でも習ってたの?」
「習うわけねぇだろ。必要ねーし」
 流し台に向かう真墨が、呆れたように答えた。その背へ暁が苦笑まじりに問いかける。
「ナイフの腕試しか?」
「それもあるけどな」
 ナイフをざっと洗い、真墨は振り返った。
「菜月の好き嫌いを直すためにな、いろいろ工夫したんだ」
「自分はグリーンピース食べないのに?」
「それと!」
 声を張り上げ、誰にでもわかるごまかしに入る真墨。ソファへ乱暴に座る。
「いろいろな形あった方が、菜月、喜ぶだろ」
「お母さんだね、真墨」
 うっかり涙ぐみそうになった。
「うるせ」
 真墨が菜月を拾ったのは2年前のこと。それ以来、ふたりはずっと一緒に旅して周り、トレジャーハントをこなしてきた。男手ひとつで2年間。よくもまあ、こんないい子に育て上げてくれたものだ。
「だーっ! もう、グリーンピースなんか俺様には関係ねぇ! どーすんだこのリンゴ!」
「あーもう、仕方ねぇなあ」
 真墨はぼやきながら立ち上がった。映士からお皿を奪い取り、扉へ向かう。
「ジュースにしてくるから、ちょっと待ってろ」
「あ、なつきも行くー!」
 立ち上がった菜月が、飛び跳ねるように真墨へまとわりつく。
「腕引っ張んな!」
「行っこう、行っこう! なつきもジュース!」
「わかったから!」
 扉が閉まり、ふたりの声が遠ざかっていく。大騒ぎする菜月と、それをしかる真墨の声。
 どこからどう聞いても親子の会話だ。
 室内に残った蒼太たちは、誰ともなしにため息をつく。
「まあ、なんだ……はやくよくなれよ」
「逆に悪くなりそうだ……」
 映士はがっくりとうなだれた。

*  *  *

 Task31より。