ポジション/FF零式



 リフレッシュルームで、たまたま3人一緒になった。ケイトと、デュースと、レムと。ちょっとめずらしい組み合わせかも知れない。
 もちろん、お目当ては新作のロールケーキだ。両手にケーキを持って意気揚々と引き上げていくジャックを横目に並んだ3人も――ケイトとしては、得意げな横っ面にスプーンでもぶつけてやりたかったが――しっかりケーキをゲットした。
 やってきたのはテラスだ。おやつ時にしてはめずらしく、誰もいなかった。
「あら、貸し切りですね」
「ちょっと贅沢ねー。誰もいないって気分いいわー」
 ケイトは真っ先にベンチに座った。デュースに促されたレムが真ん中に腰を下ろし、デュースはその向こうに腰かける。
 いただきます、と軽く押し頂き、さっそく一口。華やかな紅茶の香りが、口いっぱいに広がる。じんわりと舌を包むような、ほどよい甘み。
(これは……当たりだわ!)
 一足先にリフレッシュルームを出て行ったジャックは、もう食べ始めている頃だろうか。どこで食べているのか知らないが。部屋だとなんだか可哀想だし、教室だと腹を空かせたナイン――自力でリフレッシュルームにたどり着ける確率が1/5くらいらしい――に絡まれそうな気がする。
 なぜか、チョコボ牧場でひよチョコボと並んで食べている絵が思い浮かんだが、これはたぶん妄想だ。デジャヴではないと思う。
 レムが幸せそうに目を細めた。
「ジャックもロールケーキ買ってたね。ケーキ、好きなのかな」
「あいつ、こういう情報だけは妙にはやいのよねー」
 いつでもどこでものんびりゆるゆるだと油断していたら、数量限定スイーツをいつの間にか入手していたことがあった。しかも、ひとりで3つも食べたらしい。
 ケイトはメニューに載っているところすら見られなかったというのに。あのときは確か、デコピン2発をくらわせた気がする。クイーンにちょっと怒られた。
「ジャックさんは、意外と甘いものお好きですからね。ナインさんとのケーキ争奪戦は、それはもうお見事ですよ」
「そうなの?」
「はい。フォークで戦いはじめますから」
「ま、結局ナインが負けるんだけど。ジャックは末っ子のくせに生意気なのよ」
 かたつむりのような速度で生きているくせに、妙なところで目ざといのだ。いつもいつも、いちばん上等なところに真っ先にたどり着く。まったく、油断ならない。おとなしく待っているキングを見習ってほしいものだ。
 なぜかデュースが吹きだした。ごまかすように顔を背けたが、肩はしっかり震えている。
 レムは軽く首をかしげ、目をしばたたかせた。
「ジャックって末っ子なの?」
「えー、末っ子でしょ? あ、生まれ月とかなしでね。意外とさ、ナインみたいなのが長男だったりすんのよ」
「キングじゃないんだ……」
「えー、キングはあれでしょ、おじいちゃん」
 デュースが体を折り曲げた。体を震わせて笑いをこらえている。ケイトの言葉のどの辺がツボだったのか、いまいちよくわからない。フォークの先からケーキが逃走したのにも気がついていないようだ。
「え、キングっておじいちゃん、なの? お兄ちゃんじゃないんだ……」
「えー? アニキでも許せるのは……エイトとぎりぎりトレイくらいよね。エースは生意気な弟、間違いないって」
「せめて、お父さんにしてあげませんか?」
「お父さんはセブンの方がよくない?」
「……さすがに、それはどうかと思います。セブンさんはお母さんじゃないでしょうか」
 デュースはいつでも花の風情だが、レムもかなり可愛いことに、ケイトは今更ながら気がついた。これは、マキナが夢中になるのもわかるかも知れない。
 その割に、零組の男子たちがまったくなびかないが――やはり、マキナがいるからか。
 色恋沙汰に走られても面倒だが。
「マキナさんはどこでしょう」
 デュースの冗談めかした声に、ケイトは難しい顔を作ってみせる。眉間にしわを寄せ、唇を曲げ、空を睨みつけた。うっかり忘れていた。一緒に育ったわけではないが、零組の一員であることに変わりはない。
 完全スルーはちょっと可哀想だ。
 咳払いをひとつ。
「モーグリ、クポ!」
 精一杯モーグリの声を真似してみた。
 途端、レムがおかしそうに笑い出す。デュースも顔を伏せた。ふたりそろってそこまで笑うほど似ていなかったのだろうか。
 ちょっとショックだったが、「モーグリなんだー」と声を震わせるレムに少しほっとする。マキナを忘れていたことも、うまくごまかせたらしい。よく考えてみたら、モーグリは兄弟でも家族でもなかったが、身近な存在であることに変わりはないのだからセーフだろう。
 少なくともケイトは、クラサメよりももぐりんが好きだ。
 レムが口を開いた。笑いの余韻が語尾に残っている。
「ねえ、今度、零組で女子会しない?」
「女子会? なにそれ」
 聞き返すと、レムは首を傾けた。少し考えこむと、やわらかな声で言う。
「女の子たちで集まって、ランチ食べたりケーキ食べたりして、いろんなおしゃべりするの。恋バナとか」
「楽しそうですね」
 大きくうなずくデュースの目がきらきらしている。
 普通の候補生の女の子たちは、そんなことをしているのか。ずいぶんと暇なのねえと、少し意地の悪いことを考える。同時に、ほんの少しだけうらやましくも思った。恋に走れるような相手なんて、零組にはひとりもいない。互いの距離が近すぎて、そういう目では見られないのだ。
 あそこは箱庭だった。
 ここは雑多なサラダボウルだ。それが悪いとも思わないけど。
「次の新作、楽しみだね」
 ケイトの言葉は唐突だっただろう。でも、デュースもレムも、笑顔でうなずいた。
「そうですね」
「次は、みんなも誘ってこようね」
 だから、ケイトも笑顔になれる。
「次は、絶対にジャックより先に来るよ!」
 そうだね、と笑いあう。
 デュースは妹だ。シンクも妹、サイスとクイーンはお姉ちゃん。
(レムは……)
 マキナがモーグリなら、レムはきっとチョコボだ。愛らしいチョコボの首にしがみつくモーグリの姿を思い浮かべて、ケイトはこっそり笑みをかみ殺した。