小さな1ページ/フォーゼ



 弦太朗がラビットハッチにやってきたとき、そこにはユウキと賢吾の姿しかなかった。
「やっほー弦ちゃん。日直終わったんだ?」
「学級日誌が強敵だったぜ……」
 作業室の賢吾は一瞥を寄越しただけだった。それでも、以前に比べればだいぶやわらかくなったと感じる。
 本人の言うように、保健室の主で、学校1のサボリ魔であることに変わりはないが。本当に保健室にこもっていることもあれば、作業を進めるためにこっそりラビットハッチに来ていることもあるようだ。
 根を詰めてはむしろ体に毒だとは思うのだが、弦太朗のそんな意見など、彼は1ミリたりとも聞いてくれない。美羽や隼の言葉も届かないのだから、そのあたりはどうしようもないのだろう。本格的に悪化する前に、本人がとどまるはずだ。
 ユウキの隣に腰を下ろす。
「俺たちもだいぶいい感じになってきたな」
「そうだね、部員も増えたし」
「今は俺らだけか?」
「あ、先輩たちは外にいるよ。友子ちゃんとJKはまだ来てないみたいだけど」
 ほらほら、と窓を指さす。体を傾けて見てみれば、月面に並ぶ白い人影が見える。
 ふと気づく。テーブルに、未開封の封筒が放り出されていた。宛名は歌星賢吾。差出人の名前はないが、かわいらしい色使いの封筒、丸みを帯びたかわいらしい文字で、どんな内容かはわかる。
「おい、賢吾。手紙、読んでやれよ」
 ユウキがやめろと言うように手を振ったが、弦太朗は気づかなかった。
 アストロスイッチの調整をしている賢吾は振り返りもしない。横顔ににじむ気配はかたくなだ。
「……新しいスイッチ試すか?」
「まだ調整中だ」
 こちらにはしっかり返事をする。
 脳天にぶつかる軽い衝撃に振り返ると、丸めた雑誌――美羽の持ち物だ――を握ったユウキが立っていた。思い切りしかめっ面をしている。
 こっそり耳打ちしてきた。
「ダメだよ、弦ちゃん。さっき、大文字先輩がしつこくしてて、賢吾君怒っちゃって。美羽先輩が連れ出してくれたの」
「あのキング……」
「『レディに恥を掻かせるな』っていうのは正論なんだけど、ねえ」
 受け取るようになっただけでもましだと思うべきか。ぴらぴらと封筒をためつすがめつしていると、こっちを睨んでいる賢吾が見えた。作業室の扉を閉めるか否か、真剣に悩んでいる様子だ。
 弦太朗は手紙を振ってみせた。
「返事はちゃんと出してやれよ、賢吾」
「時間の無駄だ」
「そういうところは変わんねえなあ……まだ若いんだ、無駄無駄言ってたらもったいねえぞ。なんか理由でもあんのか?」
 まるっと無視される。
 仮面ライダー部の女子陣にはたじたじでも、男子陣にはめっぽう強い賢吾のことだ、美羽でも投入しない限り、返事は変わらないだろう。その美羽も、隼を止める方を選んだわけだが。
 本気で怒りそうな気配でもあったのだろうか。
「そ、それにしてもさ」
 場の空気を変えようとしてだろう、ユウキが明るい声で言った。
「賢吾君ってもてるよね〜。月1くらいでラブレターもらってない?」
「決闘状だったこともある」
「えっ」
 それは意外だ。ユウキと顔を見合わせる。
「行った、のか……?」
「時間の無駄だ。俺はゾディアーツを止める。それ以外にかまけている暇はない」
「ゾディアーツと女の子は別物だろ」
「言っただろう。ゾディアーツを止めることが最優先だ」
 ストイックというわけではない。がむしゃらというのもなにか違う。うまく言い表すことのできない違和感が、氷の粒のように胸の中を転がった。
 いまいち正体がわからない。拒絶と言い切るには、なにかが弱い気もする。
 ユウキが封筒を奪い取り、テーブルに戻した。
「あたしだったら、手紙もらったら嬉しいけどなー」
「なんだ、もらったことないのか?」
 ユウキは軽く頬を膨らませ、叩くふりをする。
「ありますよーだ。まあ、ちょっと変だったから、お断りしたんだけどね」
「そっかぁ。みんな青春だなあ」
「賢吾君は取っつきにくいって思われてるみたいだけど、一部の子には人気あるんだよ」
 その一部というのがちょっと気になる。
 ついに賢吾が立ち上がった。彼が扉を閉めようとした瞬間、コンソールがアラートを鳴らす。全員が同時に動いた。コンソールの前に突撃する。
「なんだ?」
 賢吾の指が素早くパネルを操作する。
「ゾディアーツだ。如月」
「わかった、指示は頼むぜ」
「スコーピオンの警戒に、パワーダイザーを出す」
「了解」
 弦太朗が慌ただしく扉へ向かうと、ユウキもついてきた。背後で、ゾディアーツ出現を知らせる賢吾の声がする。
 理由は聞きそびれてしまったが、いつか話してくれるだろうか。
 きっと話してくれるだろう。それが青春だ。