きずな/ゴーバス



 アタッシェケースを下げたリュウジが、司令室から出てきた。壁から背を離し、ヨーコは歩み寄る。
「リュウさん」
 リュウジは穏やかに笑む。ビジネススーツ姿はよく似合っているが、慣れなかった。いつも優しいリュウジお兄さんではなく、見知らぬ大人に見えるからだろうか。
「ああ、ヨーコちゃん。ごめんね、こっち任せきりにしちゃって」
「ううん……」
 リュウジはいつもひとりだ。
 出張には、ゴリサキがついて行かれないことも多い。本格的な業務にはまだ就かせてもらえないヨーコは、基地で待っているしかない。どんな遠隔地でも、どれほど困難な状況になったとしても、リュウジはひとりで仕事を片づけなければならないのだ。
 満足なサポートすら受けられないだろう。
 ただひとりの年長者、たったひとりの成年だからといって、すべてを素直に背負うことはないのに、と思う。
 言ったところでリュウジは聞かないし、聞けない。結局はヨーコのわがままになってしまうから、絶対に口にはしないけれど。
 本来ならば単独での任務など行くべきじゃないと思う。ゴリサキはいつもついて行きたがって大騒ぎだ。ゴリサキを説得して落ち着かせて、出張先からこまめに連絡を入れて。本当ならば少しでも休息に使うべきなのに、ヨーコのためにいつも名産の甘味を買ってきてくれる。
 本来なら。
 本当なら、戦うべきはヨーコであり、ヒロムなのに。異空間に飛ばされたのはヨーコたちの家族であって、リュウジの家族ではない。彼の原動力は、家族を取り戻すという願いですらない。
 居合わせた者、戦う力を得た者としての使命感だ。
 リュウジはモーフィンブレスを示した。時計と言い張るにはあまりにもごついくてスーツと合わないが、外すわけにはいかないのだ。
「なにかあったら連絡してよ。ラインつないどくから」
「平気! なにかあっても、私ひとりでどうにかなるし!」
 たぶん、と落とした言葉を、リュウジの耳はしっかり拾い上げただろう。
 でも、彼はなにも言わなかった。聞こえなかったふりをして、甘やかすような――本人にはそんな気にはないのだと思う――いいお兄さんそのままの穏やかな笑顔で言うのだ。
「行ってくるね、ヨーコちゃん。あとはよろしく」
「うん。気をつけてね」
「ありがとう。こっちのことは、ヨーコちゃんがいれば心配ないね」
「……うん。行ってらっしゃい」
 手の中に落とされたのは、かわいらしくラッピングされたキャンディとクッキーのアソートギフト。
 ヨーコが見送りに出てくることもちゃんとわかっていて、用意してくれていたのだ。
(ほんと、どこまでいいお兄さんなんだろ……)
 戦友として並び立てる日は、きっと、そうは遠くない。
 それまでひとりにしてしまうけれど、すぐにひとりじゃなくなるから。
 そのためにも、たくさん訓練して、こちらでなにかが起きてもヨーコひとりで対処できるくらいにならなければ。
(だから、安心してね、リュウさん)
 こっちはヨーコがなんとかするから。
 去りゆく背中を見送り、敬礼を向ける。