ショータイム/ゴーカイ 爆風の中を駆け抜ける緑の疾風。重力を断ち切るつばさでもあるかのように、軽々と宙を舞う。足を引き寄せて鋭く回転し、ブレーキが間に合わずに落ちた不運なゴーミンを撃ち抜いた。 10メートル近い落差を危なげなく飛び降りたのは、ゴーカイグリーンへと変身したハカセだ。落ちる途中で斜面を蹴り、軌跡を変える。獲物見失った刃が岩を咬む。鈍い銀色が、もろい足場を踏み抜き転がり落ちていく。 空中できれいな横ひねりを決め、グリーンが着地したのはゴーミンの脳天だった。強烈にプレスされ、身長が瞬間的に半減する。背骨――あるいはそれに相当するなにか――が折れたのか、不自然に体勢を崩して砂利に突っこんだ。 グリーンは地面に転がった。勢い余ったらしい。 「おっとと……」 地面で一転、跳ね起きる。頭上に落ちかかる無数の刃をはねのけた。両手に構えたゴーカイガンの引き金を引く。夜空に咲く大輪の花火のようなマズルフラッシュが、大波のように押し寄せたゴーミンを一瞬でなぎ払った。弱点を一撃で撃ち抜かれ、金属に似た体組織をばらまきながら破裂していく。 演舞のように華やかで、隙がない。冴え渡る知性のきらめきさえ見える気がする。からかうような仕草がところどころに見えるのに、そのすべてが次の攻撃につながる。 マーベラスたちと合流するまで持ちこたえられるかな――そんな悲観的なことを言っておきながら。 (なんなの、あれ!) 崖上でゴーミンを切り伏せ、ゴーカイイエローへと変じたルカは歯がみした。 手汗を拭いてからじゃないと見得も切れないくせに、いざ本気になればあの鋭さだ。身の軽さは誰もかなわない。トリッキーな動きには、誰もついていかれない。 「馬鹿にしてるの」 ルカのつぶやきは届かない。眼下のグリーンは砂利を散らして宙へ跳ね上がった。ゆるやかな回転のついた、高い、高い跳躍。振り下ろされる武器の合間を間一髪ですり抜けた。連続した銃声、とどめとばかりに強烈に蹴倒す。 行く手をゴーミンが遮った。グリーンは止まらない。空中で器用に身をひねった。足をつかもうとする腕を紙一重でかわし、丸太のような肩を打って頭に両腕を巻きつける。そこを支点に、自分の体を大きく振り回した。 グリーンのかかとになぎ倒され、耳障りな悲鳴が上がる。 「……あれで目ェ回したら殴るわよ」 グリーンが飛び離れると、支えにしたゴーミンも周囲のものもばたばたと倒れていった。 それでも減らない。 「ああもう、お前たち大っ嫌いだ」 悪態というにはいささか弱い口調だが、弱音と言うには力強い。ゴーカイガンを頭上に放り投げ、地面に身を投げ出す。殺到するゴーミン。刃の下をくぐり抜け、両腕で体を跳ね上げる。あごを砕かれた1体が倒れた。その上を飛び越え、ゴーカイガンをつかむと、苦戦するピンクの周辺へと弾丸をばらまく。 狙いなどろくに定めてもいないはずなのに、計算され尽くした弾道は、恐ろしいほどの精度で戦力を削いだ。 「ありがとうございます!」 アイムの声が跳ねる。ぱん、と軽い銃声。グリーンの背後で盛大な火花が散った。グリーンの回し蹴りが、とどめとばかりにゴーミンをなぎ倒した。 「これ以上、僕が足を引っ張るわけにはいかないし。頑張るよ!」 緑の風は駆けていく。行く手を阻む群れの先頭を跳び蹴りで豪快に打ち倒す。だが、着地の拍子に岩に足を引っかけた。奇声を上げて跳ねる。 「ハカセさん! 大丈夫ですか!?」 「平気平気ー……泣き所打ったけど……」 慌てたようなアイムの声と、打ちつけたらしいすねをさすりながらも器用に走るグリーンと。ほとんど片足跳びだ。ふざけているようにしか見えない。 ルカの方に来ないのは、怒られることを恐れてか、あるいは、フォローなど必要ないと思っているからか。どちらにしても、彼はしばらく近寄らないだろう。ゴーミンをゾンビの大集団のように引き連れ、どんどん遠ざかっていく。 (ほんっと……嫌になるわ!) 目の前に立ちふさがるゴーミンを蹴倒し、両手のサーベルを振り回す。火花を散らして崩れ落ちていくゴーミンには目もくれない。いらだちを速さに、むしゃくしゃを鋭さに変えて次々に斬り捨てていく。 戦力を分断する作戦に、まんまとはまったのはルカだ――いや、ルカを含む4人だ。誰も、ハカセの臆病とさえとれる懸念を気にもかけなかった。ゴーミンごときにはなにもできやしないと、相手にすらしなかった。 その結果がこれだ。ひとりずつ引き離されずにすんだのは、ただの幸運――いや、自ら武器を手放して投降したふりをしてみせた、ハカセの機転があったからに過ぎない。一瞬の隙を突いて、自分のサーベルをスゴーミンめがけて蹴り上げた。はじかれた軌跡の先にルカがいた。 彼のサーベルは、イエローの手の中にある。ゴーカイチェンジと同時にゴーカイガンを投げ渡したのはほとんど反射だ。 あのときひどく殴りつけられていたが――思い返すとはらわたが煮えくりかえる――大丈夫だろうか。唇の端が切れていたのは見えた、その程度ですんだとも思えない。 「いっつもうじうじして、後ろ向きで……ほんっと腹立つのに」 どうしてか、彼には奇想の才がある。劣勢を切り開ける力だ。 今、ハカセはどんな顔で走っているのだろう。歯を食いしばって必死に戦っているのか、無心で二丁拳銃を操っているのか。 グリーンの駆けていく先に、ゴーミンの新手がいっせいに着地した。砂利が火花のように飛散する。グリーンの加速は止まらない。大岩を踏み切り板代わりに、宙高く舞い上がる。ふたつの銃口がゴーミンの群れを捕らえた。 「待たせたな」 ぎらついた声。 一瞬、時間が止まった。 事実、グリーンの銃口が火を噴くことはなかったし、ルカも動きを止めた。マイペースなピンクだけが、驚いたように動きを止めたゴーミンの数体を斬り捨てたが、そのマスクは上向いている。 グリーンの着地地点にいたゴーミンが、銃弾を受けて倒れた。放たれたのは崖の上。そこに、太陽を背負うふたつの人影がある。ひとつはサーベルを肩に担ぎ、ゴーカイガンを体の脇に下ろしている。もうひとつはサーベルを軽く構え、硝煙立ち上る銃口をこちらに向けていた。 逆光の中でもひときわ目立つ存在感、世界がひっくり返っても見間違えようのない不遜な立ち姿――ゴーカイレッドとゴーカイブルーだ。 「わああよかった、マーベラス、ジョー、こっちこっち!」 グリーンがその場でジャンプし、両手を大きく振った。心底ほっとしたような声に、ルカの我慢はあっさり振り切れた。周囲に敵がいないのを幸い、ゴーカイサーベルを後頭部めがけて投げつける。 あいた、と間の抜けた悲鳴をもらし、グリーンはつんのめった。きれいな頭突きがゴーミンにクリーンヒットする。くらくらと地面にへたりこむふたり。周囲に散ったのは、ゴーカイレッドの放った弾丸だ。ブルーのゴーカイガンも火を噴く。 「あああ危ない、危ないって!」 慌てて頭を抱えて足を引き寄せ、なるべく小さくなりながら、グリーンが七転八倒する。遠くの方でピンクが心配そうに見守っているが、止める様子はない。 驚異的な身体能力を発揮して転がりまくるグリーンの手には、いつの間にか、イエローが投げたサーベルが握られていた。 「ジョーもひどいなあ……そりゃ、安心したけどさ」 「もー、ほんと馬鹿」 さっきまでの切れ味鋭い疾風とは大違いだ。 なんとか足下まで逃げてきたグリーンの足に、軽くつま先をぶつける。驚いたように見上げてきたマスクを銃床でとんとんと叩いた。いて、いて、と抗議めいた小さな声。すっかりハカセのテンションに戻ってしまったらしい。 どこに行った、空元気。 「恐がり。ずっとゴーカイグリーンになってれば?」 「えぇえー!?」 素っ頓狂な声を聞き流し、サーベルを取り返したゴーカイイエローは駆けた。慌てて続く足音がする。崖を滑り降りるふたりと、両者を迎え入れるように武器を構えた両腕を伸べるピンク。 ゴーカイジャー集合、だ。
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