そんな事情/ゴーカイ



 おら、と目前に突き出されたマーベラスの手を、ルカは景気よく払いのけた。バカじゃないの、という台詞付きで。
 紅茶を楽しんでいたアイムが、心配そうに視線をよこすのが視界の端に映る。背後で腕立て伏せしている気配はみじんも揺らがなかったが、注意がルカに向けられるのがわかった。
「だーかーら! もうあたしは出さないって言ってるでしょ! あんたのお宝を売れば?」
 地球到着直後に指輪を売り払われた恨み、忘れちゃいない。あれからふたつほど売りさばかれ、結局、手元にはひとつも戻ってないのだ。アイムも故郷から持ち出せた貴重な宝石のいくつかを、資金として提供したという。
 身ひとつだったジョーはどうしようもなかったようだが、ハカセに至っては、大切にしていた鉱石――ガレオンの修理に欠かせないものだったらしい――を勝手に売られたというのだから。
 その後数日間にわたり、食事のグレードが大幅ダウンしたのは言うまでもない。
 ドングリほどの大きさの鉱石は、ルカの指輪に匹敵するほどの価格をたたき出したらしいが、帰路に立ち寄ったラーメン屋台でザンギャックの爆撃をくらい、紙幣のほとんどがおじゃんになったという。残った数百万のほぼすべてがマーベラスの買い食いに費やされたというのだから、あきれるしかない。殴っても許される気がする。
 仲間のお宝を売りさばくばかりのマーベラスは、椅子にふんぞり返り、ルカの意見を鼻先で鼻で笑い飛ばした。
「お前らを売りさばくのはまずいんだろ? 人身売買ってのは禁止されてたよな」
「ふーん、あたしたちがお宝、ねえ? だったら、そのお宝からお宝むしって売っ払うってのはどうなの!?」
「とにかく、もう金がねえんだ。いいから指輪よこせ!」
「絶対いや! ていうか、1週間で使い切るなんてなに考えてんの!?」
 マーベラスはわかりやすく視線をそらして鼻で笑った。刺してやろうか。
「またハカセからとったらメシがまずくなるしな……」
 極めつけがこのつぶやきだ。眉毛ごと丸刈りにしてやろうか。
 密かに拳を握りしめるルカの肩を、力強い手が叩いた。見上げれば、すぐそばにジョーが立っている。横顔は無表情だったが、眼光はあきれた色合いが強かった。
「お前、少しは反省しろ」
「まずいメシで戦えるか! それに、量が少ねえんだよ」
「ハカセの分まで食ってまだ足りないというのがおかしい」
 つとアイムが立ち上がった。なんとも優雅に椅子をしまい、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「でしたら」
 とアイムは口を開いた。3人の視線が一気に集中しても、アイムの頬に浮かぶ淡い笑みは崩れない。注目を浴びることに慣れたもの特有の余裕だ。伸びた背筋、適度な緊張感を持って組まれた指、揺るがないまなざし――マーベラスでさえ、発言の行方に注目している。
「アルバイト、というものをしてみるのはどうでしょうか」
 ジョーがうなる。
「アルバイトか……この間、鎧が言っていたな」
「いい案かもね。マーベラスに食べ物関係は絶対だめだけど」
「なんでだ」
「つまみ食いしまくって仕事にならないでしょ。お金手に入れるどころかさっ引かれるじゃない」
「めんどくせえ。ここは海賊らしく……」
「だめですよ、マーベラスさん。略奪はいけません」
 全員の刺すような視線に、マーベラスは、やるわけねえだろと舌打ちする。ちょっと本気になりかけていたのか、とルカはあきれた。ゴーカイジャーが地球人たちに――積極的というわけではないが――受け入れられているのも、海賊行為を働かず、地球を侵略しようとするものたちの矢面に立っているからだ。
 うっかり強盗でも始めた日には、地球の皆さんには追いかけ回され、デカレンジャーの皆さんには逮捕されるだろう。今までレンジャーキーを託してくれた歴代戦隊にも、よってたかって大いなる力を取り返されて、丸裸で放り出されるかも知れない。
 略奪行為に嫌悪感を持つマーベラスにそんな発想を抱かせるくらいだ、台所事情はかなり厳しいのだろう。
 ザンギャックの本艦に乗りこんで略奪するには戦力が足りないことだし。
「鎧さんが戻られたら訊いてみましょう」
 こじれそうな雰囲気を察したか、アイムが花のような微笑みで話をまとめた。マーベラスはだらしなく椅子に身を沈め、目を閉じてしまう。興味をなくした体を装っているが、ふてくされているのは明らかだ。
 その腹がぐう、とうなる。
 子どもか、と突っこみたくなるのを抑え、ルカはソファに腰を下ろした。新聞を開く。ついてきたジョーは、出発前にハカセがきっちり並べておいたトランプを手にすると、気のない様子でシャッフルし、並べ始めた。


 買い出しに行ったハカセと鎧が戻ってきたのは、それからほんの数分後だった。アルバイトの件を尋ねたアイムに、鎧はぽかんと口を開け、ハカセは自分の熱を測り始めた。
 ルカはハカセの後頭部に容赦ない拳を叩きこみ、奇声を上げてしゃがみこむ彼を無視して鎧に向き直る。
「なんでそんな驚くわけ?」
「いや、驚くっていうか……たぶん、無理ですよ」
「なぜ無理なんだ?」
「だって……」
 鎧は心底困ったように頭を掻きつつ答えた。
「銀行振り込みとか、できないじゃないですか。履歴書も嘘ばっかりになっちゃうし、住所だってどうするんです?」
 なんか地球ってめんどくさい。
 ルカは早速新聞に戻った。