肉を探して/ゴーカイ



 ゴーミンの残骸を睥睨するゴーカイレッドの背中は頼もしい。
 宇宙海賊たちを束ねるボス、ゴーカイジャーのリーダーの貫禄ばっちりだ。
 一方、シルバーの左隣のグリーンは、やれやれと言いたげに膝をさすっている。暴れ回るゴーカイレッドの攻撃にうっかり巻きこまれそうになったときの、必死のヘッドスライディングの影響だろうか。そのあとも、いつも通り、驚異的な身体能力を全開にして、上下左右に激しく動き回っていた。緊張が解けたせいで痛むのだろう。
 変身解除したのは3人同時だった。
 マーベラスが無駄にいい笑顔で振り向いた。きらきら笑顔ではあるが、明らかに肉食獣――それも腹ぺこ――の笑みだ。ハカセがあからさまにうろたえた。
「なに、どうしたのマーベラス」
「ハカセ、メシだ」
「メシだ、じゃないでしょ! メシって言えばご飯が飛んでくるんじゃないんだよ!」
 頭をかきむしらんばかりのハカセの肩を、鎧は慌ててつかんだ。
「まあまあ、落ち着いてくださいよ、ドンさん」
「落ち着けるわけないじゃないか! こいつらに襲われたのだって、マーベラスが『どっかにいい肉屋ねえか』とか言って、勝手にどっか行こうとしたからだろ!」
 心外だ、濡れ衣だ、と言わんばかりに、マーベラスは眉をつり上げた。両腕を組み、あごを突き出すようにして言う。
「俺は悪くねえぞ」
「悪くなくたって、原因は作ったでしょ! 今日に限って買い出しについてくるし!」
「お前、最近けちって安い肉しか買ってねえだろ」
「そんなわけないだろ! ちゃんと普通のお肉買ってるよ!」
「ああもう、やめてくださいってば!」
 工場跡で人は来ないとは言え、この炎天下で言い争うのもどうか思う。あまりの暑さで、頭のてっぺんまで登り切った血が降りてこないのだろうか。あるいは、さらに熱くなって沸騰でもしているのか。マーベラスは暑気で、ハカセは傷の痛みでいらついているようにも見える。
 彼らは宇宙人だが構造は地球人とあまり変わらないらしい。熱中症や日射病にもなるだろう。スポーツドリンクも買い出しリストに入れるべきかな、と頭の中に書き留める。正直、この炎天下は鎧もつらい。
 がなり立てる蝉、割れたアスファルトから立ち上る熱気、容赦なく吹きつけられる熱風――早く買い物を済ませてガレオンに戻りたい。
「あのー、はやく買い物すませません? 待ってますよ、ジョーさんたち」
 そろそろ、太陽が天頂に昇りきる。
 穏便に話を振ってみたが、マーベラスの視線は傲慢なまでの圧迫感を持ってハカセに向けられていた。めずらしいことにハカセも引かない。ジョーに援軍を求めるべきか、鎧は心底悩んだ。
「じゃあ訊くけど!」
 半ばやけくそのようにハカセが言う。
「マーベラスはどんな肉が食べたいの!?」
 ふん、とマーベラスは鼻を鳴らした。その勢いで叫ぶ。
「決まってんだろ、シルルだ!」
 鎧の目が点になった。
「シルル、ですか?」
 ご近所さんの肉屋――種類も豊富で値段も良心的だ――を紹介しようと思ったが、そんな名前の肉、見たこともない。肉の部位だろうか。ホルモンとかハラミとか。あるいは魚か? いや、マーベラスの好みを考えれば魚の可能性は低い。
 ハカセががっくりと肩を落とした。やってらないよ、と言わんばかりに頭を振る。
「あのねえ、マーベラス。ここは地球なんだよ」
「んなのわかってる。宇宙最大のお宝を手に入れるために来たんだからな」
「マーベラスのとことは違うの! シルルの牧場だってないんだから」
「牧場なんかどうでもいい。あいつらなら、人ん家の庭先に巣作ってるだろ。獲りゃいい」
「だーかーら! ここは地球なの!」
「おい鎧! お前ん家の庭にいねえのか」
 鎧は頭を掻いた。庭先に巣作りしてるのは、せいぜいアリくらいだ。まさかアリは食べないだろう――肉に分類できるか微妙なところだし。裏の林にはタヌキやキジくらいいるかも知れないが、あれは庭先とは言えないと思う。
「そもそもなんなんです? シルルって。メルルーサなら知ってますけど」
 マーベラスは目をひんむいた。よほど驚いたらしく、組んだ腕がほどけて浮いている。ほらね、と言うように、ハカセは苦笑した。
「メルルーサってのはなんだ」
「魚だよ。海の深いところに住んでる」
 そんなことまで知ってるんだ、と妙に感心してしまう。博士のふたつ名は伊達じゃない。
「俺が言ってんのは肉だ、魚じゃねえ!」
「だから、シルルは地球には住んでないの!」
「この間、テレビで見たぞ」
「あれは似てるけど別物なの。前も説明したよ。言っとくけど、あれ獲ったら捕まるからね」
 マーベラスは伺うような目でちらりと視線をよこした。意味がわからず、首をかしげてみせる。舌打ちひとつ、ハカセに向き直った。
「どっかに売ってねえのか」
「ないったらない。僕だって調べたんだから」
 あのー、と鎧は声を上げた。同時に振り返ったふたりを交互に見つめる。
「そのシルルって、なにに似てるんです?」
 答えたのはハカセだった。
「ラッコ」
「あー、それはだめですね」
 うっかりすると国際問題だ。ザンギャックどころか、地球人(の一部)を相手に戦うことになるかも知れない。
 鎧としては、喜んでラッコを食べている宇宙海賊たちの姿を想像したくはなかった。
 頭の中から追い払う。
(でも……)
 ラッコが牧場で放し飼いにされていて、庭先に勝手に巣作りを始める星というのは、いったいどんな環境なんだろう――わき上がった好奇心までは、消せそうになかった。