カレーに来た/ゴーカイ&ゴセイ



 闖入者が現れたのは、アグリが火を消した瞬間。味見用の小皿を手に、会心の笑みで拳を軽くぶつけた直後だった。
「邪魔するぜ、天使ども!」
 轟音とともに玄関の扉が開かれた。蝶つがいが吹っ飛んだかと錯覚するような勢いだった。
 滑り落ちた小皿を空中で捕まえられたのは、ランディック族の高い身体能力あってこそだろう。モネは臨戦態勢で振り返る。
 強盗や押し売りなら、3秒で叩きだしてやる。
「ちょっと、いきなり入ってこないでよね!」
 逆光で見えにくい人影に、威勢よく啖呵を切る。強盗なら即座に床にダンク、押し売りなら即刻跳び蹴りと、心に決める。これからお昼ご飯なのに、楽しみを邪魔するなんて許せない。
「いや、待て。モネ、お前、鍵かけ忘れたのか!」
「ああっそうだ、忘れてた! ごめんなさい、お兄ちゃん」
 魂がこぼれ落ちそうなほど深いため息を落とすアグリに、軽く両手を合わせて謝ってみせる。アグリはいいよ、と笑った。甘い兄は、これだけで許してしまうのだ。自分が気を遣えばいいのだからと言い聞かせて。
 もっとも、アグリにしてもモネにしても、押しこみ強盗の二人や三人、片腕一本で簡単に返り討ちにできるくらいには強いのだ。ついつい危機感が旅立ってしまう。
 さすがに、どこかの悪の組織の幹部とかが押し入ってきたら、どう対処すべきか悩むが。
「おい、お前ら。無視すんな」
 ドスの利いた声に振り返る。上がりかまちに仁王立ちしていたのは、キャプテン・マーベラスだった。意外ときれいに磨き上げられたごついブーツが、シロツメクサと遊ぶひよこが描かれた玄関マットを踏みしめている。
 マーベラスの存在をすっかり忘れていた。
「靴は脱げよ、マーベラス」
 あきれかえった声でアグリが言う。今言うべきことはそれではない気がしたが、モネは黙っていた。口を出したらケンカになる自信がある。
 アグリの声などどこ吹く風、マーベラスはぞんざいにあごをしゃくった。削り取ってやりたい。
「それはカレーか」
「話を聞け。靴は脱げ。これはカレーだ。腹減ってるのか?」
「減ってはねえが、食わせろ。うまそうだ」
「お前なあ……」
 アグリは複雑な表情で頭を振った。唇の端にはしわが寄っている。面白くないのは確かだが、怒るに怒れないらしい。おいしそうだと褒められたからだろう。単純に、強く出られない性格というのもあるだろうが。
 ランディック族らしい気質は、母のお腹の中に忘れてきてしまったのだろう。それを、モネが根こそぎ持って生まれてきたのだ、きっと。ふたりを足せばちょうどいい。
 靴を脱がないまま、マーベラスはどかどかとキッチンに入ってきた。転々と足跡が記される。雨の翌朝にボンネットに並ぶ猫の足跡は可愛いが、今目の前でつけられていく足跡には、かわいらしさなどかけらもない。
「ちょっとあんた、失礼じゃない!? 土足だし話聞かないし……って、なんでお皿出してんの!?」
「鍋ごと食っていいのか」
「そんなわけあるか!」
 もうやだこいつ。
 アグリの手がさりげなく小皿を取り上げた。シンクに並べて置いた音がする。たぶん、このままでは小皿を握りつぶしそうな気がしたのだろう。
 カレー皿を手にしたマーベラスが一歩進み出る。
「マーベラスさーん! えっここ!?」
 けたたましい声が響き渡る。兄弟げんかの大声すら阻む壁をさっくりと突き抜け、鼓膜に突き刺さった。
「……呼んでるみたいだぞ」
「気にすんな。それよりカレーだ」
「気にするなって方が無理!」
 マーベラスは面倒くさそうに眉をしかめた。ぎらつくまなざしを玄関へと向ける。
「うわあああ他人様のおうちに入っちゃってるー!? ごめんなさい、ほんっとごめんなさい! 失礼しますー!」
 ドアの前でひとしきり騒いでから、慌ただしく扉を叩く。インターフォンが見えなかったのだろうか。おまけに、声を返す前にドアを開くのでは、ノックの意味がない気がする。
 息を切らして飛びこんできたのは、伊狩鎧だった。モネたちの姿を認めた鎧の、ゴーカイセルラーをしまい込む手が止まる。
「うわあー! 天装戦隊ゴセイジャーの、アグリさんにモネさん!? ここ、おふたりのおうちだったんですか!」
「そんなのどうでもいいから! マーベラスをどうにかしてよ!」
「はっ! そうでした……!」
 騒ぎなど素知らぬふりで――そもそもの発端だというのに――テーブルにスタンバイするマーベラスの腕を、鎧は少々乱暴につかんだ。
「ほら、ご迷惑ですから帰りましょうよ! なんてとこに家出してるんですか!」
「お前らがカレー作らないのが悪い」
「……え、家出の理由ってそれですか?」
 小皿を持っていなくてよかった。この瞬間、間違いなく粉砕していた。
「はぁ!? なにそれ!」
「家出かよ……」
 ガレオンの繋留地点は、この近所ではないはずだ。そばを通ればさすがに気がつく。カレーを食べたい一心でここを探し出した情熱はすばらしいと思うが、他のことに回した方がよほど生産的だろう。
 カレーを作ってもらえないから家出する、という根本が、まず理解できないが。
「カレーなら、ドンさんが一昨日作ってくれたじゃないですか!」
「どんだけカレー食べたいの……」
「お前らの鍋を丸ごと持ち帰りたいくらいだ」
「やめてくれ。貴重な大鍋だ」
 鍋よりもカレーに執着してほしいと願うのは、モネのわがままだろうか。
 マーベラスが本気で鍋を取りに来たら、どう対処すべきか悩む。大人げなくチェンジでもされたら、天装できないモネたちにはなすすべがない。
 天装できたとしても、この部屋そのものがきれいさっぱり吹っ飛ぶことを考えれば、全力では阻止できないとも思う。小さな部屋だが、環境もいいし、住みやすくて気に入っている。もうしばらくはここに住むつもりだから、大きな騒ぎは起こしたくない。
 鎧が天板をがんがん叩いた。
「あーもう! ドンさんに言いつけますよ! よそ様のカレーを気に入って、鍋ごと食べたいって言ってたって。もうカレー作ってくれなくなるかも知れないですよ。いいんですか?」
(それって脅し……?)
 効果などあるのだろうか。
 だが、モネの疑心とは裏腹に、マーベラスの不敵な笑みがかげった。不気味さを覚えるような真顔で勢いよく立ち上がる。鎧の手を振り払い、玄関へ向かって力強く歩き出した。
「帰るぞ、鎧!」
「待って下さいよ、マーベラスさん!」
 ぺこぺこと頭を下げながら、鎧はマーベラスを追いかけていく。お騒がせしました、と額が膝につきそうなほど深々と頭を下げ、丁寧に玄関を閉めた。
 閉まった扉と靴跡の残る床を呆然と眺めやりながら、アグリが口を開いた。
「なんだったんだ……?」
「よく、わかんないけど。たぶん、お隣さんにも聞こえてた……よねえ?」
「どう言い訳するかな……」
 マーベラスの家出の理由よりも、それが問題だ。