共同戦線/オーズ



 乾いた破裂音が立て続けに炸裂する。耳元で激しくはじけた。アンクは舌打ちした。変化させた右腕を握りしめる。
(調子に乗りやがって)
 映司はいない。カザリのヤミーの気配は色濃いままだ。交戦中だろう。カザリ参戦の様子はないが、すぐさま駆けつけられるとも思えない。
 こんな時にかぎって、ウヴァのヤミーまで現れるとはたちが悪い。歩み寄りなどありえないふたりだ、偶然重なっただけだろうが――余計に運が悪かった。
 分厚いコンクリートの壁に背を預けて座し、アンクは向かいに目をやった。同じく駐輪場の厚い壁に身を寄せた後藤が、どこから取り出したものか、ずいぶんと口径の大きな銃にマガジンを叩きこんでいるところだった。
「お前、なにやってる」
 後藤は答えない。片膝をついたままスライドを引き、初弾を装填。がちん、とセーフティが解除される。
 硬い音を立て、キチン質の弾丸がつま先をかすめる。いらいらと足を引っこめ、さらに声をかけた。
「特攻する気じゃないだろうな」
 後藤がどうなろうとアンクは気にしないが、映司はうるさいだろう。アイス1年分の契約を、後藤の負傷などという些末なことで減らされてはたまらない。
 戦う力がないならすっこんでろ、というのが正直なところだ。
 映司には、タカカンドロイドとバッタカンドロイドを使って、現状は知らせてある。伊達もこちらに向かっているはずだ、ゴリラカンドロイドたちが気づかないはずがない。
(いや、あいつは来なくていい)
 そろそろ、セルメダルがかつかつだ。いっそ腕だけでも飛ばすか――U字型の車止めを勢いよく蹴散らした弾丸を見て気が変わる。単発の銃弾数発ならともかく、3点バーストに耐えられるかどうか。
 後藤の目の前で火花が散る。コンクリートの破片が跳ね、赤いタイルにこぼれた。
「時間がない。わかってるはずだ」
 けたたましい音が断続的に響く。聴覚がおかしくなりそうだ。そばの自転車が傾いだ。倒れかかるハンドルを無造作になぎ払う。自転車が地面に跳ね返る耳障りな衝撃と、飛び散る破片――いらいらする。
 跳弾でフレームが撃ち抜かれていた。精度が上がっているらしい。
 時間がないとはそういうことだ。
「……お前、やれるのか」
「逃げる気はないんだろう」
 なんて向かっ腹の立つ答え。
 たとえアンクがこの場を離れても、後藤は逃げないだろう。そばには幼稚園がある。試し撃ちを終えたヤミーの通り道となる可能性はあり得る。
 舌打ちをひとつ。
「外すなよ」
「お前こそ、戻るタイミングを間違えるなよ」
 言葉の最後まで待たず、アンクは腕を切り離した。視界が切り替わる。人間の視野から、グリードの視点に。風の色さえ見える。重力の束縛が緩み、たちまちのうちに遠ざかった。空気を切り裂き、ヤミーへと突進する。
 弾道が変わった。駐輪場にばらまかれていた弾丸の高度が上がり、アンクめがけて降り注ぐ。ブランコ上空から先に進めなくなった。砂場まではあと数メートルはある。
「くそ、覚えてろよ! ハーゲンダッツひと月分だ!」
「棒アイス派じゃなかったのか」
 妙に冷静な声が返る。
 油断していたつもりはない。
 不意に、灼熱する衝撃が飛び散った。その弾丸は手のひらのほぼ中央部に突き刺さった。意識が激しく揺さぶられ、視界がくらくらする。赤い衝撃が駆け抜けた。気がつくとブランコの支柱が間近に迫っていた。
 傾く視界――重力にとらわれ落ちていく弾丸と、木立の向こうのマズルフラッシュ。聴覚を突き抜ける音の暴力、そして、沈黙と静寂――金属片が勢いよく飛び散る、小気味よい音。
 支柱にぶつかってから体勢を立て直したアンクは、腕一本の状態で皮肉に笑むという、器用な真似をしてみせた。
 大量のセルメダルの中にヤミーが倒れている。急所を一撃で撃ち抜いたようだ。
「ふん、たまには当たるようだな」
「お前に当ててもいいんだぞ」
 硝煙立ち上る銃口を下ろさず、後藤は立ち上がった。
「火野が来るまで時間を稼ぐ」
「グロムもつけろ」
「……ほんっとうに強欲だな」
「グリードだからな」
 危険な銃口が上向いた。さっさと行けと言わんばかりにひとつあおる。指を広げながら舌打ちし、腕アンクはヤミーに向き直った。
「ハーゲンダッツとグロムだ。忘れるなよ」
 ばらまかれたセルメダルが誘うように輝いている。返事を待たずに飛び出した。追いかけてくる声は硬いが、悪くない響きだ。
「腹を壊しても知らないからな」
 耳をつんざく銃声が心地よい。立ち上がろうとするヤミーがよろめき、狙い過たず第三弾が命中する。
「刈り入れ時だな」
 散乱するセルメダルめがけ、アンクは迷うことなく突っこんだ。