初対面、再び/ダブル



 孤独な朝が来た。正確には、正体を知らぬ少年と迎える初めての朝。
 喪失の夜は明けたが、傷が癒えるはずもない。目覚めた途端にフラッシュバックするおやっさんの最後の姿を、首を振って振り払う。昨夜「フィリップ」の名をつけた少年は、翔太郎が眠りにつく前と何一つとして変わらない様子で、ソファベッドでうつむいていた。
 起きあがった翔太郎が背伸びすると、何か不思議なものでも観察するような視線がよこされる。見返すと、何も言わないまま視線をそらしてしまった。
「フィリップ」
 呼びかけるが、反応はなかった。何度か名を呼ぶと、初めて気づいたように振り返る。思いの外小動物めいた瞳に胸を衝かれた。
「服は俺のでいいな」
 無言でうなずく。わずかに視線が揺れたのは、何を懸念してのことか。特に文句も言わないおとなしい少年――この印象は100%間違いだったと、翔太郎はあとで悔やむのだが――の姿に、胸が締めつけられた。
 おそらく彼は、わがままを言うことさえ知らないのだ。
「朝メシは? このあと、お前はどうしたい?」
「……なんでもいい」
「なんでもって……なんかないのか、食いたいものとか。大したもんはできねえけど」
「君は何を食べる? 君はこのあとどうする?」
 平坦なその声に、翔太郎は苦笑した。いや、苦労して笑みを浮かべて見せた。
「そんな、君とか他人行儀に言うな。これから同居人になるんだからな」
「僕をここにおくというのかい? そんな義理、君にはないはずだ」
「んなことねえよ」
 不安そうなフィリップの頭を優しくなでる。落ち着かないのか、少年は目をそらした。
「おやっさんから託されたからな。守ってやってくれって」
「恨んでいないのかい」
 肯定はできなかった。だが、自身がどれほど異常な状態にあったのかも認識できていない少年に比べれば、翔太郎の喪失などまだ軽いはずだ。そう思わなければ――。
「……なくしたもんは、お前の方がでかいだろ、フィリップ」
「その言い方は間違っている。僕は何もなくしていない」
 服を手渡しながら、翔太郎は小さな子供に言い聞かせるように言った。
「そのうち気づくさ。本当になくしちゃいけないもんは何か、ってな」
「……僕は君の名を知らない」
 それが精一杯の言葉だったのだろう。身を守るように服を抱えこんだフィリップの肩を軽く叩き、翔太郎は笑ってみせた。
「探偵助手の……いや、私立探偵の左翔太郎だ」
 いつか、あの夜を受け入れなければならないときが来る。だからこそ、今できることをしなければ。