花を贈る / ダブル



 ここ数日、フィリップがガレージから出てこない。ガレージに来るなと言われたあげく鍵をかけられた。クイーンやエリザベス、街のおばちゃんたちからから押しつけられたチョコレートを渡そうとしていた翔太郎は途方に暮れた。
 大きな紙袋いっぱいのチョコレートをひとりで食べきる自信はない。
 あまりに大量すぎて、デスクに載せた紙袋を見ただけで頭痛を起こしそうだ。甘いものが嫌いなわけではないが、これだけ大量のチョコレートをしっかり消費しようとしたら、何食をチョコレートに置き換えればいいのか。
 もちろん、捨てるといった選択肢は翔太郎にはない。去年はどうしていたのだっけと思考をめぐらせ、おやっさんとふたりでチョコレートフォンデュにしたり、ホワイトデーのお返しとしてお菓子を一生懸命作ったことを思い出した。
 フィリップにそこまでは望めないだろう。翔太郎ひとりで、お菓子なんぞという不可思議なものを作れる自信はない。
 と、ガレージの扉が開き、フィリップが姿を見せた。
「なんだ、もう気が済んだのか?」
 問いかけると、底の知れない瞳をした相棒は、少し決まり悪そうに笑って見せた。
「翔太郎」
 その一言で、彼が何を望んでいるかわかった。ガレージへ戻る相棒の背を追う。
「どうした、フィリップ……」
 ガレージへと降りた翔太郎は目を疑った。
 左右のホワイトボード全体に、多様多種の花々が描かれていた。もちろん、相棒が数日前にガレージにこもる前まではなかったものだ。黒のマーカーペン一色で敷きつめられているのに、花びらの持つ瑞々しい色彩や香りさえありありと喚起させる。
 よく見れば、フィリップの指先は真っ黒に汚れている。線を消したり、かすれさせたりと、さまざまな技巧を凝らしたせいだろう。こんな技術が相棒にあるなんて、翔太郎は知らなかった。
「この間、ヴァレンタインという言葉をラジオで聞いた。すぐに検索したよ。日本ではチョコレートを送るのが一般的みたいだけど、本来は花を贈るのが主流らしいね」
 つまりこれは、フィリップから翔太郎に向けた、バレンタインのプレゼントということか。恋人同士の行事というあたりは、どうやらすっ飛ばして読みこんだらしい。
 意外すぎて、唇の端が緩むのが自分でもわかった。軽く笑い声を上げる。
「見事なもんだ。ありがとな、フィリップ」
 得意げに笑むフィリップに歩み寄った翔太郎は、でもな、と頭をくしゃくしゃにする。
「これじゃ着物だろ」
 描かれていたのは、厚みのある花びらの重なりがなまめかしい大輪の菊に、花筏を浮かべる満開の桜、図案化された愛らしい梅、ふんわりと花びらを広げる華やかな撫子、なよやかな房がつらなる藤――見事なまでに和柄一色、季節ごちゃ混ぜの2台の花車だった。
 隅っこに八重咲きのハマナスが描かれているのが、唯一バレンタインらしい。