悪魔と青年/ダブル



 ジングルベルが街を舞う。その音色を閉ざすように、翔太郎は窓を閉めた。腰に手を当て、あきれかえって相棒を振り返る。
「お前、ずっと窓開けっ放しにしてたのか?」
「検索の結果、換気が重要だと出た」
「やりすぎだろ。それ以上悪化したらどうすんだよ。病院も連れてけねーし」
 フィリップがいるのは、翔太郎のベッドの中だ。報告書を投函して戻ってきた翔太郎は、ガレージの扉の前に倒れている相棒を発見して、心臓が飛び出しそうになった。抱き起こしてみれば、これまたぎょっとするほど体が熱い。フィリップをベッドに放りこみ、大捜索の末に探し出した体温計ではかってみると、40度寸前というおそろしい結果が出た。
 どこをどう控えめに考えてみても、インフルエンザだ。
 がっちりとマスクを装備した翔太郎が歩み寄ると、フィリップはふてくされるようにそっぽを向いてしまう。
「インフルエンザなんか、どこで拾ってきたんだか」
「……僕は下に戻る。ここにいたら、君にうつるだろう」
「予防接種やったし、うつらねーよ。たぶんな」
 精一杯の気づかいなのだと思うと、何だか微笑ましい。起きあがろうとする肩を押してベッドに戻し、引きずってきたテーブルにスポーツ飲料や漢方薬の包みを並べていく。
 意地でも眠るまいとしてか、フィリップは翔太郎の動きを視線で追っている。
「ほら、デコ出せ」
「…………」
 至極不満そうに前髪をあげるフィリップの額に、シートを剥がした冷却ジェルシートを貼りつける。感触が気になるのか触ろうとする手を押さえ、布団の中に戻した。
「そばにいてやるから、ゆっくり休めよ」
 フィリップは胡乱な目を向けてきたが、体調の悪さには勝てなかったのだろう、すぐに目を閉じてしまう。やがて、苦しげな呼吸があえぐような寝息に変わった。汗をタオルで吸いながら、翔太郎は唇を噛みしめる。
 本当は病院へ連れて行ってやりたい。即効性のある薬を飲ませてやりたい。これ以上の高熱は、相棒の体を致命的に損なう可能性がある。だが、病院へ連れて行くことは絶対にできない。フィリップにとってもっとも危険な場所のひとつだ。詳細な身体データ――血液や遺伝子なども、下手したら調べられかねない――から、正体を暴かれる可能性がある。
「はやく良くなれよ、相棒」
 焦燥を押しこめ、手を握ってやりながらつぶやく。荒い呼吸の中、フィリップが小さく声をもらした。
「――――っ」
 身の内がそそけだった。それは、聞き取れない異国の言葉。涙が絡んだようなその声は、何かを謝っているように聞こえた。
 相棒の手に額を当て、病状が快方へ向かうことを祈る。祈り続ける。