続・通りすがりの「クウガ」の世界/DCD



 光写真館に戻った士が真っ先に向かったのは、ユウスケが寝こむ客間だった。
 傾きはじめた淡い陽射しの中、ユウスケは顔を赤くして眠っている。額には冷えピタを貼っているが、だいぶ時間が経っているのか、端の方が乾いて少しめくれている。
 そばの簡易冷蔵庫から換えを出し、わりと無造作に貼りかえてやる。
 彼だってクウガなのだから、気配にはそれなりに聡いはずだ。だが、安心しきっているのか、それどころではないのか、ぴくりともしない。
 枕元の椅子に座り、唇を歪める。
「頭悪そうな寝顔だな」
 もやもやとわき上がるわずかな懸念――このまま体調が快復しなかったら――を抑えこみ、ひとり憎まれ口を叩く。
 枕元に置いておいたスポーツ飲料は、封が切られて半ばまで減っていた。
 それにしても、顔に陽射しが当たってまぶしくないのだろうか。立ち上がり、遮光カーテンを閉める。
 ふと、ユウスケが目を開けた。焦点の定まりきらない瞳が、ぼんやりと天井を仰ぐ。数拍後、わずかにまなざしが揺れ、顔ごと士を振り返った。
「……おはよう?」
「まだ昼過ぎだ。あれから2時間ってところだな」
「そっか……夏海ちゃんは?」
「さあな。買い物にでも行ったんだろう」
 なかなか戻ってこないし、当たらずとも遠からずだろう。帰ってきたら怒られるだろうが、適当に流せば問題ない。ただし、笑いのツボだけは何が何でも死守してみせる。
 士が指先でもてあそぶカードが気になったのか、ユウスケが体を起こそうとした。その額の中央にびしっと指を突きつけ、阻止する。
「なにすんだよ」
「寝てろ、病人が」
「それ何?」
「……これか?」
 まさか、この世界のクウガからもらった名刺だ、とも言えない。いや、言ってもいいが、その瞬間、ふらふらなままビートチェイサーにまたがり、ポレポレに突っ走っていくだろう。
 ユウスケはクウガだから多少事故っても死にやしないだろうが、まわりに被害が出るのは困る。
 見せてやりたかったが、しっかり快復してからにしよう。こっそり決意する。
「……特技の証明、ってところか」
「はぁ? わけわかんねー……」
 正直、自分でもよくわからない。
「お前、特技は?」
「なに、突然」
「お前の特技の最初と最後と真ん中は?」
「えーっと……」
 ユウスケは熱っぽい目を天井に向け、真剣に考えはじめる。ああやっぱりこいつは馬鹿だ、と鬼のようなことを考えながら、士は答えを待った。
 明日は知恵熱でも出るんじゃなかろうか。
「最初は……笑顔?」
「……お前もか」
「はあ?」
「いい。で? 他はどうした?」
「最後、が……クウガに変身すること、かな」
「クウガに……」
「真ん中、は……」
 ユウスケはくしゃりと顔を歪めた。
 何か思い出したのか。それとも、体調が悪化したか。内心では激しくびびった士だったが、平静を装って足を組み替える。
 ふにゃりとユウスケは笑った。
「好きなら好きってちゃんと言えること、かな」
「……なんだそりゃ」
「姐さんのこと大好きだし、お前も、夏美ちゃんも、おじいさんも好きだし。キバーラも……たぶん好き。クウガも好きだし、ワタル、も……好きだし。いちばんはやっぱり、みんなの笑顔、かな。笑顔を守りたい……世界中の笑顔を」
 それが彼の原動力なのだと改めて思い知らされた。
『私の笑顔のために戦ってあんなに強いのなら、世界中に人の笑顔のためだったら、あなたはもっと強くなれる。私に見せて……』
 八代とかわした最後の言葉は、有効期限のない唯一の――。
「あんな、さ……傷つけて笑ってるような奴のせいで、誰かが泣くなんて嫌だし。俺たちだったらできるはずだろ? みんなに笑顔でいてほしい……そのために戦うこと」
「……勝手にやってろ」
 背を向けて歩き出す士に、笑いの気配を含んだ声が投げかけられた。
「お前だって、ほんとは守りたいんだろ? みんなの笑顔」
「……さあな」
「他の誰も戦わせないためにさ、戦うんだろ?」
「……いいから寝ろ。ひねってこじらせてぽっくり逝っても知らないぞ。アマダム入ってるのに風邪ごときで死んだりしたら、クウガの名折れだからな」
「なんだよそれ」
 ごそごそと音がする。
 ドアを閉める一瞬、わずかに振り返った視界に映ったのは、ややふてくされたように布団をかぶり、目を閉じているユウスケの姿だった。
 名刺をもてあそびながら、士は廊下を歩いていく。
 あれが、クウガ――か。

*  *  *

 というわけで、拍手にアップしていたクウガの世界の続編。RFの響助とごっちゃになってきて困りました。