再び、出撃/FF零式



 進撃を続ける朱雀軍と、クイーン率いる攻略隊が遠ざかっていく。本陣での待機を要請されたキングは、その背を見送ってからエイトたちの元へと向かった。
(厄介なことになったな……)
 たき火のそばで、セブン、レム、マキナが顔を寄せ合っている。少し離れたところに立っているエイトは冷静な面差しを保っているが、セブンたちの表情は深刻だった。
 他のメンバーはクイーン隊に吸収され、要塞への道を進んでいる。キングとマキナをエイト隊に割り振って駐留させたのは、万が一のためだろう。本陣を落とされては話にならない。
 遅れて本陣に到着したエイトたちを迎えたとき、そこにリーダーを任されたはずのトレイの姿はなかった。訊けば、カウンタースナイパーを負って残ったのだという。魔導アーマー隊を全滅させたエイトたちは、もちろん、トレイを迎えに行こうとした。
 だが、折悪しく現れた伝令に、すぐ戻るよう厳命されたという。抗議は、一切聞き入れられなかった。
「そろそろ危ないな……」
 つぶやいたのはエイトだ。夜のとばりの向こうで光が揺れる。戦の炎、魔法の輝き、駆動する魔導アーマーの燐光――たくさんの命が歴史の暗がりへと転がり落ちていく。
 夜より黒く深くわだかまる森は、巨大な魔物の寝姿にも見えた。
 いつの間にか、空は厚い雲に覆われていた。その表面に気まぐれに揺らぐ光は戦火だ。時折、長い尾を引いて照明弾が駆け抜けた。吹きつける風は強い。戦場特有の胸の悪くなるような臭気に加えて、水のにおいも濃くなっていた。
 雨が降らなければいいが。
 森の方へと目を凝らすが、トレイの姿はまだ見えない。
 実を言えばナインも本陣に現れなかったが、ヒルハタから「さっき、第3陣地攻略隊に混じっているのを見かけましたよ」と通信が入ったので、こちらはたぶん心配ない。今頃、第3陣地攻略に勝手に参戦しているだろう。
 頭を抱えるエースの肩を、そっと叩くことしかできなかった。
 強い視線を感じた。顧みるとエイトと目が合う。
「皇国の捜索隊に見つかる前に、トレイを回収したい」
 気のせいだろうか、許可をくれと言われているように思える。部隊長はセブンだし、そんな目を向けられる心当たりがない。困った表情を作ってみたが、エイトのまなざしは揺らがなかった。
 もしかして、無表情から少しも動いていないのだろうか。
 セブンを見やるが、彼女は遠い森の方へと視線を向けている。なにかを考えこんでいる様子だった。レムとマキナが不安そうな目を向けてくる。
「クラサメの指示に従うべきじゃなかったかな……」
 セブンがつぶやく。複雑に絡み合った思考と感情をもてあましているような声だった。
 エイトが軽く首を振る。
「教官の指示は間違ってはいない。問題は、俺たちがどう動くかだ」
「俺は詳しくないけど……カウンタースナイパーって、そんなに大変なのか?」
「……気力を消耗するのは確かだな。俺は弾切れが怖いし、トレイは魔力切れが危ない」
「心配だよね……上の人たちにお願いしたら、探しに行かせてくれないかな」
「どうだろうな……」
 セブンの悲観を笑うことはできない。遙かペリシティリウムにいる軍令部長は、零組が欠けることに心を痛めたりしないだろう。むしろ、祝杯を挙げるかも知れない。
 クラサメも戦場まで来ていたが、彼は補給隊の警護を命じられて第2陣地へと出立した。そもそも、今回のミッションでは、彼には指揮権が与えられていない。なんのために出撃を命じられたのかも知らなかった。
「俺たちに待機命令を下したのは軍令部長だ。マザーと零組を敵視してる」
「軍令部長か。決定が覆るなんて可能性はなさそうだな……」
 マキナは肩を落とした。レムがマキナの腕に触れると、彼は安心しろと言うように力強くうなずく。そんな場合ではないが、なんだかほほえましい。むしろ、くすぐったい。
 あえて口にする気はないが、本陣に戻ってすぐに、キングは軍令部長への取り次ぎを直属の武官に頼んでいた。彼は誠実な顔を心配そうに曇らせて、すぐに軍令部長に連絡を取ってくれた。だが――。
『そんな名前は知らん。知らんのだから、とっくに死んでるんだろう』
 その声は、キングのところまで届いた。コムはつながっていないはずなのに、一言一言が銃弾のように突き刺さった。悪意に満ちた声、憎悪とさえとれる軽侮の声音。
 若年性かどうかはわからないが、間違いなく健忘症だ――そう自分に思いこませなければ、怒鳴りつけてしまいそうだった。通信が切れてから何度も謝ってくれた武官は、罪悪感に満ちた声で「自分は覚えていますよ」と言ってくれた。
 それだけでも、だいぶ救われた。「できることがあれば協力します」と慰めてくれたことが滲みる。
 ふと、セブンと目があった。
「私たちは、命令があるまで待機していろと言われたな」
「ああ。それ以外はなにも言われてない。どこにいろとも、なにをしていろとも」
「抜け道にできるんじゃないか」
 3人は大きくうなずき合った。エイトは軽く体をほぐし、セブンは鞭剣の具合を確かめ、キングはマガジンを数える。シングルカラムの12弾入りが残り18本――装填しているマガジンの残弾は8、チェンバーに1、合計225発。
 なにか起きても、これなら十分対応できる。輸送隊にマガジンを頼んでおいてよかった。
「待って、もしかして、ここを抜け出すの?」
 小声でレムが言った。揺れる炎が瞳に映りこむ。
「……そうなるな」
「そうなるなって……大丈夫なのか?」
 マキナは眉根を寄せた。葛藤が見え隠れしている。助けには行きたい、だが、命令に背いてもいいものか――だが、彼は迷う必要などないのだ。マキナが救出に向かえない理由ならあるし、罪悪感を抱く筋合いもない。
「大丈夫じゃないが、見捨てるわけにもいかない。うるさいが、大切な仲間だしな」
 セブンに続き、エイトもうなずいた。
「マキナとレムには残ってほしい」
「そっか、ジャマーが残ってるかも知れないんだね」
「すまない。肝心なときに役に立てなくて……」
「謝る必要がどこにある。できることをすればいいんだ」
 やわらかく諭すセブンへ、キングは重々しく声をかける。
「セブン、お前も残れ」
「……驚いたな」
「自覚がなさそうだが、セブンはリーダーだ。残らないのはまずいと思う」
「それもそうか……」
「決まりだな。迎えに行くのは俺とエイトだ」
 分かれた地点を知っているのはエイト隊――本来ならトレイ隊――だけだが、トレイを背負ってここまで連れてこられるのはキングだけだ。
 エイトは外見以上に力も体力もあるが、身長差はさすがにどうしようもないだろう。マキナは問題ないかも知れないが、ジャマーが残っている可能性があるのに行かせる意味がわからない。
 合流してからすでに1時間が経過している。トレイからの通信は1度もない。死んでいないのは確実だが、それも時間の問題だろう。モンスターが森に戻るのが先か、皇国の捜索隊に見つかるという最悪の事態に陥るか――キングたちが無事に見つけるか。
「……頼む」
「ああ」
 こちらからもトレイに頼みたいくらいだ――どうか気絶していてくれと。そうでもなければおとなしく背負われてくれるはずがないし、体調の悪さが舌鋒の鋭さを何倍にも底上げしてくれる。
 重たい方が、うるさいよりは少しましだ。

 先を行くエイトが足を止めた。深く暗い森の中――だが、意外と視界は悪くない。雲が晴れ、戦火を嫌うように姿を隠していた星空が、強く輝きを放っていた。
 十メートルほど先に、カモフラージュが見える。
「このあたりだ」
「カウンタースナイパーは成功したようだな」
 湿った大気を胸一杯に吸いこめば、血臭と泥のにおいが肺腑をくすぐる。
 周囲の苔には踏み荒らされた様子はなかった。ちらちらと輝くのは目標を外れた弾丸だろうか。エイトが大股で大きな岩へと近づくが、そこにトレイの姿はなかった。
 すぐそばにひとりの皇国兵が倒れている。首筋に埋まるナイフは、トレイが護身用に備えているものだ。
「これまで使ったか……」
 キングがナイフを引き抜くと、にじみ出た血液がどろりと粘った。軍服で血をぬぐい取る。刃は欠けていなかった。一度きりしか使わなかったのだろう。少し離れたところに落ちていた鞘に収める。
 胸の底で小さな炎が揺れた。
 これだけの皇国兵をひとりで殺し尽くすなど、神がかりとしか思えない。心臓が嫌な音を立てた。揺らぐ火が羨望なのか畏れなのか、よくわからない。
 カモフラージュの向こうには、血肉の湿原が細長く広がっていた。無残なまでに破壊された死体の山を見ても、心は少しも動かない。ただ、この血と臓物の海を自力で築き上げられるかと聞かれたら複雑だ――サプレッサーがあるわけでもないから、早々に潜伏地点を発見されそうな気がする。
 照明弾がまばゆい光をまき散らした。視界の端、大木の奥に、冴えた色彩が見えた気がする。
「トレイか?」
 慎重に歩を進めると、エイトもついてくる。
 大木の根元で人影が動いた。ゆるゆると顔を上げたのはトレイだ。泥人形のような外見を気にする余裕すらないようだった。汚れた髪の間から、凄絶な視線がのぞく。足下には背嚢と汚れたマントが転がっていた。
 頬に赤黒いものが見えてぎょっとしたが、返り血のようだ。
 カウンタースナイパーのあとだけに、殺戮の残滓が濃いのだろう。ぎらついた眼光は未だに敵意に縁取られている。
「迎えに来た」
 エイトが声をかける。張りつめていた糸が切れるように、トレイが目を伏せた。痛みを逃がすように、長く細く息をつく。
「助かりました……」
 その声はひどくかすれている。魔力・気力・体力――すべて使い果たしたのだろう。観測手がいてもひどく消耗するのだ、無理もない。
 エイトが傍らに膝をついた。左腕に触れると、トレイがわずかに顔をしかめた。近接戦のときに痛めたのかも知れない。すぐに負傷を見抜いたエイトの眼力に素直に感心した。さすがは格闘家というべきか。
「平気か?」
「今からカウンタースナイパーを命じられても、ボイコットする自信がありますよ」
「俺がやろう」
「観測手くらいならやります」
 思ったより荒れてはいなかったが、可愛くないことに変わりはない。
「遅くなって悪かった」
「来てくれただけで十分ですよ。今夜中に戻れる確信がありませんでした」
「コムで通信を入れればよかっただろう」
 なぜかものすごい目で睨まれる。エイトに対しては気遣う様子さえ見せているのに、この違いはなんだろう。
 学業の差とは思いたくない。
「ここはジャマーの圏内ですが」
「……そうか」
 すっかり忘れていた。やはり頭の差かも知れない。トレイの背嚢にマントとナイフを突っこんだ。はみ出ていたギリースーツもぐいぐいと押しこむ。乱暴なやり方だったと思うが、抗議はなかった。
「俺たちには、本陣で待機命令が下ってる。立てるか?」
「今なら、カタツムリの方が早いかも知れませんね」
 減らず口をたたきながらも、よろよろと立ち上がる。一歩を踏み出してよろけ、エイトが素早く肩を入れて支えた。謝ろうとするのを、エイトは視線で制する。
「ありがとうございます」
「いや。助かったのは俺たちだ。おかげで、問題なく魔導アーマー隊を叩けた」
「そのために残ったのです。そちらの戦闘に障るようでは狙撃手の名折れですよ」
「間違いなく誇りだろう」
「そうあればいいと思いますよ。ああ……早く汚れを落としたい……」
 焦がれるような口調に吹き出しそうになった。咳払いでごまかす。たしかに、今の泥人形のような様相は、潔癖な気質には合わないだろう。
「戻ろう」
 元来た方へあごをしゃくる。エイトはうなずき、トレイからゆっくりと離れた。トレイの怪訝そうなまなざしをがっちり受け止めたキングは、親指で背を示して見せた。途端、トレイはこれでもかと言わんばかりに眉根を寄せ、そっぽを向いた。
「必要ありません」
「ふらふらしてるくせに無駄に意地を張るな」
「私を背負っていって腰痛にでもなったらどうするんです? そもそも、こんなに……」
「少し黙れ」
 普段から、後衛がそこまで鍛えてどうするんです、とか、体を重くしてどうするんですか、とか言っていたくせに、そのむきむきを信用しない気だろうか。さすがにナインを担ぐのはきついだろうが、トレイやジャックならまだまだいける――と思う。
 エイトがトレイの背を軽く押すが、動こうとしない。
 接近する気配に気がついたのはそのときだった。全員の顔に緊張が走る。距離はまだあるが、こちらの位置が捕捉されているのは間違いないようだ。だが、こちらからは相手を確認できない。
 とっさに木陰に下がろうとしたトレイが足をもつれさせ、エイトが慌てて支えに行く。キングは銃を構えてゆっくりと後退した。
 背後から来たなら、おそらく皇国兵ではない。だが、万が一を常に考えなければ、戦場を生き抜けない。
 低い鳴き声が上がる。キングは銃を下ろした。
 チョコボの声だ。
 木々の向こうから、赤い防具を着けた1羽のチョコボが姿を現した。真っ黒な瞳が愛情深くまばたく。苔を踏みしめる足取りは軽快だった。
「彼は、マキナがかわいがっているチョコボですよ」
 見分けがつく理由が謎だ。そばまでやって来たチョコボは、甘えるように首を伸ばしてきた。エイトが軽く首の付け根を叩くと、嬉しそうに目を細める。
 チョコボの首元から、トレイがなにかを引っ張り出した。小さなメッセージカードだ。
「これは……マキナからですね」
 受け取ったカードを読もうとすると、チョコボが顔を突っこんできた。くちばしを鳴らし、甘えるようにさえずって、構ってくれとねだる。チョコボのくちばしの付け根をトレイが優しく掻いてあやし、エイトが手綱を取って移動させた。
「そうか……出撃命令が下りたか」
 カードには暗号化された文字が連なっている。「出撃、1」としか書かれていないが、第1本陣へ向かって出撃していったことがわかれば十分だ。ジャマーの圏外に出てからすぐに連絡を取ればいい。
 出撃か、待機か――どちらになるのかはわからないが。
 もうひとつ、1羽だけですまないとも書かれていた。マキナが謝るようなことじゃない。むしろ、こっそり出て行くことばかりに気を取られて、チョコボを連れ出すことまで気が回らなかったキングたちに問題がある。
 カードをポケットにしまうのを待っていたように、チョコボがキングの肩に頭をすりつけてきた。よしよしと喉をなでる。こんなに甘えん坊で、戦場で役に立つのだろうか。
 ここまで自力でやって来たくらいだ、優秀なのは間違いないが。
「急いで戻った方がいいな」
「トレイ、乗れ」
 チョコボを示すと、トレイもおとなしく従った。身を低くするチョコボの背へ、危なっかしくまたがる。
「よろしくお願いします」
 気遣うようにチョコボの首をなでる手つきは優しい。耳のあたりに唇を寄せたのは、お礼をささやいたからか。チョコボが小さく鳴くと、目を細めて微笑する。
 隠れチョコボ好きだろうか。ものすごく意外だ。
「……可愛いところもあるんだな」
「チョコボと見間違えているなら、すぐに目を洗った方がいいと思いますね。キングに可愛いと言われてもまったく嬉しくありません」
「誰ならいいんだ?」
「マザー以外に誰がいるんだ」
 エイトが容赦なく斬り捨てる。それもそうか。
 手綱を引くと、ゆっくりとチョコボが歩き出した。足取りは穏やかだ。
「戦線に入っても、お前はなるべくうしろにいろ」
「わかっていますよ。この有様では、私が全滅に至らしめたと主張しているようなものですからね」
「ジャックが大笑いしても無視しろ」
「ナインやシンクでも今日は無視します。次のレポートの面倒を見なければ、少しは懲りるかも知れませんからね。あまり期待はしませんが」
 魔導アーマーの残骸を横目に、森の中を進んでいく。急激に足場が悪くなったのは、土壌がこれ以上ないほどに踏み荒らされたからだろう。この森が作られるのにどれほどの年月を必要としたのかはわからないが――破壊は一瞬だ。
 コムが鳴った。
『よかった、圏外に出たんだな。トレイも無事なんだろう?』
 セブンだった。その声は確信に満ちている。
「ええ、ご迷惑おかけしました」
『無事でよかった。ごめんね、行けなくて……』
『休めるように天幕も確保したんだが……今は負傷兵が使ってると思う。なにもできなくてすまない』
 マキナの声を聞きつけたチョコボが、くえくえと歌うように鳴いて通信に乱入しようとする。エイトがくちばしを無造作に押しのけた。
「そんなことはありませんよ」
「マキナが寄越してくれたチョコボが役に立ってる」
『よかった。初出陣だから、ちょっと心配だったんだ』
『もしかして、歩けないくらい具合が悪いの?』
「平気ですよ。私たちも出撃ですか?」
『ヤノ隊がそちらに向かってる。詳細は合流してから聞いてくれ』
「了解」
 静寂が戻る。心持ち速度が上がったのは無理もないと思いたい。泥を散らし、苔を踏みしだきながら、キングたちは歩を進める。
 ふと見上げると、トレイがあごに指を当てていた。しきりとなにかを考えこんでいる様子だ。
「どうした?」
「いえ……たいしたことではないのですが」
「言ってみろ」
 トレイは腑に落ちないような面差しでつぶやいた。
「私、意外と心配されてます?」
 無言を貫く。エイトもなにも言わなかった。
 ああ、こいつは基本的には馬鹿なんだな――キングは本心からそう思った。本人に言って反応を見てみたい気もしたが、やめておいたほうが無難だろう。
 森の外に、数十人の朱雀兵を連れたヤノ隊の姿が見えた。
 彼らは、再び戦火の中に舞い降りる。

*  *  *

 「カウンター」の続き。
 弓使いは近距離に備えて剣も持っているものだと思うのですが、どう見てもトレイは剣を持っている様子がないので、短剣(ナイフ)装備にしてみました。実際は魔法を使うとは思いますが、このときはぴすぴす。