血の落日/FF零式 力が抜けたような気がした。ウォールの魔力がちぎれ、硝煙に吹き散らされる。 なにが起きたか、わからなかった。 前方でおびただしい血しぶきが上がった。いや、血しぶきなんて生やさしいものじゃない。血の雨なんて言葉すら生ぬるい。切り裂かれ、貫かれ、踏みにじられる。命の尊厳などない、白虎兵士たちによる一方的な虐殺。 なぎ倒されていく仲間たち。体の一部を失い、腹に大穴を開けられ、内臓をぶちまけ、悲鳴すら上げずに倒れていく候補生たち。遺体の上で生者を蹂躙する侵略者。 気力を集中しても、詠唱を紡いでも、なにも起きない。魔法が応えない。回復の光も、庇護の防壁も、目覚めない。 「クリスタルが……」 絞り出したつぶやきは、まともな声にならなかった。 指先の感覚がない。全身が瘧のように震えた。力の抜けた膝ががくがくと笑う。耳をつんざく銃撃、炸裂する砲弾、絶え間なく降り注ぐ爆発――上空の飛行艇の、なんて忌まわしい姿。 血の瀑布がみるみる近づいてくる。かろうじて一歩下がる。もう一歩。 「撤退、撤退ー!」 「一時退却!」 怒号と悲鳴は、すぐに濁った雑音に変わる。血の逆流する気管が立てる、生々しい死の音色だ。 轟音が間近に突き刺さった。砲弾が噴火し、炎をまき散らす。目もくらむ衝撃――気づいたときには石畳にたたきつけられていた。視界が白熱し、数秒の間、一切の音が絶える。かろうじて受け身は取ったが、息が詰まり、視界はゆがむ。 骨が折れたか、内臓がやられたのか。 立ち上がろうとしたが、まともに体が動かない。 (死にたくない……) 命の終焉は、まだ、先だったはずだ。 必死に身を反転して、這いずるように距離を取る。ちぎれた死体はそこかしこに転がっていた。臓物の臭いも、焼け焦げるタンパク質の悪臭も、止まる理由にはならない。一瞬たりとも止まれない。 悲鳴が心臓を貫く。風を切る銃弾、振り抜かれる刃が肉を咬む音、なにもかもが打ちのめす。 自分のものか誰かのものかもわからない血にまみれ、肉片の海を泳ぐ。スカートの裾が裂ける。タイツが破け、皮膚に銃弾のかけらが突き刺さった。 (死にたくない……生きて、戦って……朱雀に、栄光を……) 喉が鳴る。胃のあたりが灼熱する。目の奥に突き刺されるような激痛がある。頭が揺れる嘔吐感は、こらえるのが至難だった。 ブーツの先で地を蹴りつける。ぬめって、滑って、うまく進めない。石を掻く血だらけの爪が割れた。すぐ背後に、断末魔は迫る。 風を切る衝撃音が鼓膜を穿つ。右に転がったのは反射だった。 刃の鈍いきらめきが石畳に突き刺さった。巨大な槍の戦端だ。柄をつかむのは、強固な鎧に身を包んだ白虎の兵士――その姿を認めた瞬間、頭の中のなにかが焼き切れた。 右手を腰の後ろに回す。マントの下に押しこんだ持ち手をつかむ。 「――――っ!」 フレイルがうなる。鉄錘が重たい咆哮をあげ、先頭の白虎兵を打ち倒した。鋼鉄が破れ、鮮血が視界を染める。 だが、それが限界だった。萎えた手からフレイルはあっけなくもぎ取られ、悲鳴じみた音を立てて石畳に落ちる。 万策尽きた。伸ばした指先に、魔法の稲妻は灯らない。 「クリスタルの犬め」 槍が振りかぶられる。 フレイルの一撃に、全力を使い果たしてしまった。腕が落ちる。太陽を背に槍を構えた兵の姿は、まるで死神のようだった。 (ただ一人の白虎を道連れに墜ちるのか……) 太陽の縁がにじむ。 誇りとしたマントと同じ空の色を永遠に瞼裏に焼き付け、目を閉じた。 「朱雀に……クリスタルの加護、あれ……」 熱い衝撃が突き刺さる。 もし、彼らがいるならば――朱きつばさをまとう戦士たちが実在するのならば、どうか、朱雀に――。 ミリテス皇国による首都制圧から、およそ3時間後。 朱をまとう戦士たちは迅雷のごとく現れ、熾烈な戦いの末に朱雀のクリスタルを解放した。数知れぬ屍の上に降るクリスタルの光は、朱雀領ルブルムを守るため命を散らした戦士たちの遺骸にも降り注ぐ。 朱雀にクリスタルの加護あれ――力尽きた闘士たちの血を吐くような叫びは、誰にも届かない。 * * * FF零式、フライングその5。 その死は、誰に看取られることも、記憶に残ることもなく、朱雀の地に還る。 |