射手として/FF零式



 ケイトがソファの座面を殴った。
「あいつ、なーんかむかつく!」
 思い切り睨みつけられたキングとしては、そうか、としか答えようがない。いったい誰のことだろう。
 さらにケイトが座面を叩いた。どうやら、ここに座れということらしい。そんなに力をこめたら、布が破れて中身の綿がもりもり出てきそうだが、そんなことを言える雰囲気でもない。壁を焼き切りそうな眼光が、真っ向から突き刺さってくる。
 おとなしく従うことにした。少し距離を開けて腰を下ろす。
「なにがむかつくんだ」
 ケイトはちらりと部屋の奥へと目を向けた。
「トレイに決まってるでしょ」
 ちょっと小声で言う。
「そうか……」
 視線の先にいるのはトレイとシンクだ。鉄格子を調べるトレイに、シンクがちょっかいを出しまくっている。髪をいじってみたり、マントをめくり上げたり、胸当てを引っ張ってみたり――そのうち、とんでもないことをやらかしそうだ。見守っているのも怖くて、そっと目をそらす。
 うっかりしたらセクハラになりそうなフリーダムぶりだったが、トレイが毛先ほども注意を向ける様子がないのがちょっと可哀想だ。
 主にトレイが。
 あきらめきっているのだろう。
 キングも、自分の巻きこまれ体質には踏ん切りをつけた。こればかりはどうしようもない。
「ね、キングはできる?」
 声をひそめ、ケイトが問いかける。そこにわずかな羨望と嫉妬めいたものが混じっていることに気づいた。なにを言いたいのか悟る。
「4000メートル狙撃か? 無理だ」
 キングの2丁拳銃は、銃身も短いし、弾丸自体が遠距離射撃に向いていない。800メートル行くかどうかも怪しいくらいだ。魔法で底上げすれば、ぎりぎり1000メートル越えはしてくれるかも知れないが、届くだけでは意味がない。
 ケイトはふうんと鼻を鳴らす。青い眼に、一瞬だけ沈鬱な光が揺れた。
「あたしも無理って思われたのかな」
「できるのか」
「……無理。キングとたぶん変わんないよ」
 トレイへ向ける視線にはいらだちが含まれていた。腕を誇示したつもりもない本人には、迷惑以外のなにものでもないだろう。もっとも、ケイトの不穏な眼光にはまったく気がついていないようだったが。
 シンクが気を散らしまくっているせいだろうか。
(……そのまま頼む、シンク)
 キングの内心の声が聞こえたわけでもないだろうに、シンクのちょっかいは激化する。今度は、制服のポケットの中に興味を示し始めた。折り目のきれいなハンカチを、容赦なく引っ張り出す。猫じゃらしのように振り回しはじめた。
 取り返さないのはトレイなりの矜持だろうか。
 ケイトが重たい息をつく。
「4000メートル以上からこっちを撃ってきたってだけでもびっくりしたのにさ、一発で仕留めちゃうんだもん。なんかさ……ずるいじゃん」
「ずるいかどうかはわからんが……あの悪条件で当てたのはさすがに、な」
 喉に引っかかる小骨くらいには感じている。
 高所から狙う敵への、低所からの反撃。これだけでも不利なのに、こちらの居場所は完璧に割れていた。しかも、狙えるのは、弾を装填するわずかな間隙。雪山で視界も悪く、風も強い。風向きは奔放に変わる。
 これほどの悪条件を難なくクリアし、彼は一撃で敵を仕留めたのだ。神業というものを、初めて見た気がした。
「ヘッドショットだったらしい」
 白虎の兵士が話しているのをちらりと聞いた。へえ、とつぶやくケイトの声はきしんでいる。
 専用の装備をつけた狙撃用ライフルをもって初めて可能な4000メートルという距離を、己の技量ひとつで射程範囲に収めた――射手として嫉妬を感じることは、間違っていないと思う。
 なにも感じない方がおかしい。
 あの状況で、全員の視線が頼ったのはトレイだった。ケイトでも、キングでもなく。
 弾道を見極めようとしていたらしいトレイは、さっさとやれと怒られたくらいにしか感じていないかも知れない。そのことがまた、ケイトにはおもしろくないのだろう。
 理不尽な休暇を取らされたいらだちも相まって、不満が募るのだ。
「あいつは近距離が苦手だろう」
 ケイトは唇をとがらせる。
「それって後ろ向きじゃない?」
「そうでもない。俺たちはゼロ距離でも撃てるが、あいつには魔法しかない」
 ケイトは黙りこんだ。この差がわからないはずがない。
「なにするんです、シンク!」
 悲鳴じみた声に顔を向ければ、おんぶおばけのようにシンクを張りつかせたトレイが、その場でぐるぐる回っているところだった。にやにやしているシンクは楽しそうだが、軽く首が絞まっているトレイは苦しげだ。
 ケイトはため息をつく。がっくりとうなだれ、首を振った。
「なーんかどうでもよくなってきた」
「そうだな」
 シンクも、暇なら外を見に行けばいいものを。トレイをからかうことに楽しみを見いだしてしまったのだろうか。
「そのうち越えてやるんだから。5000メートルくらい軽ーくいってやるわよ」
 その頃には、トレイはさらなる大台をたたき出しているだろうが、それは言わない方がいいだろう。今から八つ当たりしに行かれたら、さすがに困る。シンクとケイトのふたりが相手では、トレイにはどうしようもないはずだ。饒舌攻撃もシンクには効かないことだし。
 助けを求められても困る。
「そしたらあれよね。魔法は上、近距離オーケーのあたしが勝ちってことになるじゃん」
「……テストも追いつけるといいな」
「あー、それは無理」
 即答されてしまった。
 ケイトはひょいと立ち上がる。背伸びしながら扉へと向かった。
「ちょっと外の空気でも吸ってこようかな」
「そうするといい。シンクをはがしたら俺も行く」
 サイスの武力介入が始まる前になんとかしないと、レムが落ち着かないだろう。
(これで、ナインまで暴れてないといいが……)
 暴れていないことなど、少しも期待していないが。
 もちろん、予想通りだった。
 通りをぶらついていたキングは、今にも白虎兵士にケンカを売りそうなナインを発見してしまった。シンクをはがすのに大変な気力を消耗し、アリアとの会話でくたびれ果てた上、ナインのお守りまで待っていた。
 さすがに、厄介ごとはこれで終わりにしてほしい。

*  *  *

 第3章裏ミッションのスナイパーのくだりが好きです(*ノノ) 惚れるわトレイさん!
 4000メートルにまずびびって、弓じゃそんな飛ぶわけないのに(実際の飛距離はNo.1だけど)隠れもしないでしっかり狙撃しちゃうトレイさんがかっこよすぎました。
 スナイプモード持ってるの、トレイだけじゃないのにね……。
 最近、シンクが可愛くて仕方ないです。