無理難題 / ゴーカイ



  両手を腰に当て、仁王立ちになったアイム。彼女の足下に縮こまり、頭を抱えこんでいるハカセ。
 妙な取り合わせに、ジョーは足を止めた。
 ハカセは距離をとるべく一生懸命床を蹴っているが、カウンターテーブルが邪魔をして下がれない。アイムに当たらないよう全力で気を遣っているせいで、横にも移動できないでいるようだ。
 マイペースなアイム姫はもちろん気づかない。両手を胸の前で組み合わせる。
「だからお願いしているのです」
 アイムの声には懇願に近い色合いさえある。だが、返るハカセの声は悲鳴じみていた。
「勘弁してよー……」
「なにしてる」
「まあ、ジョーさん!」
 アイムは救世主を見つけたような、きらきらした瞳で振り返った。胸元で緩やかに波打つ黒髪が跳ねる。咲き初めの春の花のように空気が香った。対するハカセは弱り切った涙目、目尻にはすでにひとしずくが浮かんでいた。
 ミネラルウォーターの壜を取り、スツールに腰かける。クーラーから取り出したばかりの壜は、空気に触れて音がしそうなほど冷たい。王冠に歯を当て、こじ開けた。
 それを待っていたように、アイムが両手を握りしめて力説した。
「私、ハカセさんにお願いしていたんです」
 視線で促すと、アイムは――なぜか――我が意を得たりとばかりにうなずいた。
「お部屋で紅茶を育てて摘みたいのです」
 一瞬、なにを言っているのか理解できなかった。口からぼたりと王冠が落ちた。ほらね、と言いたげに、小動物めいた目が金髪の下から見上げてくる。これは確かに、勘弁してほしくなる。
 ハカセが手を伸ばした。指先につまみあげた王冠をカウンターテーブルに載せる。
「無理だって何度も言ってるのに」
「ハカセさんは後ろ向きすぎるんです」
 ぐっさり傷ついた表情で、ハカセは腕を引っこめた。
「やってみなくてはわかりません。いつだって、私たちのためにいろいろなものを作ってくださるでしょう? きっとできます」
「……条件」
 天板の下で膝を抱え、ハカセがつぶやくように問いかける。
「紅茶を育てる条件、姫は知ってるかい?」
「条件?」
「適した土壌、日照、気温に湿度、その他もろもろ。木だって、なんだっていいわけじゃない」
 アイムは言葉に詰まった。紅茶をこよなく愛すると言っても、茶葉となって手元に届くまでの過程のすべてを知っているわけではない。姫君育ちだ、紅茶の生まれる環境など知りもしないだろう。
 ジョーだってそんなもの知らない。お茶と呼ばれるもののすべてが、同じ種類の木からとれると聞いたことはあるが――それが事実かどうか、確かめたことはなかった。
 ハカセはひらりと手を振る。臆病なまなざしが影を潜め、明晰な眼光が顕れた。
「全部調べて、実行したとするよ。すごく時間がかかるのはわかるね」
「ええ……それは」
「その間、メカの整備はどうするの?」
 アイムは目を見開いた。絶句する。胸を押さえる指先に動揺が見える。
「僕はできなくなるよ。両方は無理だ。それとも、戦わなくていいかい? 僕は戦うの好きじゃないし、それでも構わないけど」
「……却下、だ」
 お前もこの船の一員、仲間だろう――言葉にはしなかったが、思いは伝わったはずだ。
 はじかれたようにアイムが振り返る。考えつきもしなかったといった体だ。
 ハカセの口元が無邪気に笑んだ。ほんの一瞬だけ。
 目元が緩んだ自覚はある。
 ごまかすようにジョーは壜に直接口をつけた。氷のような水がのどを滑り落ちていくのが爽快だ。ミネラルがわずかに引っかかるのどごしがたまらない。
 温度調整が壊れたドリンククーラーを直したのは、もちろんハカセだ。
「それは……確かに、困ります。でも、ゆっくりなら」
 ハカセは首を振った。カラーチャームが澄んだ音を立てる。
「いいかい、これが大前提。ガレオン内で紅茶を育てることはできない。なにかあってもなにもできなくなるよ。船も重くなりすぎるし、バランス崩れるのは致命的だ」
 追われても逃げられない。戦えない。
 アイムはうなだれた。胸の前で指を組み、小さく首を振る。
「わかりました……」
 ようやくあきらめる気になったようだ。ぺこんと頭を下げ、ごめんなさいと声を落とす。ハカセは大急ぎで両手を振る。
「いいよ、気にしないでよ」
 アイムはもう一度頭を下げると、ジョーにも黙礼をよこした。気にするな、と目線を返す。
 少し元気のない後ろ姿を見送り、ほっと息をついた。マーベラスを担ぎ出すほどの騒ぎにならなくてよかった。
 これでハカセが立ち直る――と思いきや、彼はまだ、テーブルの下で頭を抱えていた。
「どうした」
「まずいよー……力一杯墓穴掘っちゃった。今、僕がなにをやってるか、アイムが知ったら……」
「なにをやってるんだ」
 あきらめたように彼は笑った。
「キャプテンの気まぐれにつきあってるのさ。自走式かつ完璧な防犯機能を備えた、キャプテン専用の宝箱の制作ってやつ」
「……そうか」
 さすがキャプテン。意味がわからない。
「言ってることが矛盾してるよ。完璧な防犯機能なんてさ、作ってる途中で僕から逃げ出すに決まってるだろ。いつもは任せっぱなしのくせに、こういうときだけさあ」
 膝に頭を載せて、深く大きなため息。
 ブースターをふかす真っ赤な宝箱を必死に追いかけるハカセの姿を想像して、思わず笑い出しそうになった。宝箱の飛んでいった先には、マーベラスがいるのだ。偉そうに腕を組んで。
 そして、とびきりぎらついた笑顔で言うのだ。次なる無理難題を。

*  *  *

 放映前で、あやふやな人物像ながら、全力でフライングしてみました第2弾。ナビィ出すのは無理でしたorz わたくしの場合、ゴーカイ小説の語り手はジョーが最適かも知れません。
 豪快=海賊らしさ=王冠を歯でむしる、という単純な発想。ジョーはちゃんと栓抜きとかソムリエナイフ使いそうだ。