宝への道筋 / ゴーカイ



  こんな感じかな、と小さなつぶやき。
 ジョーが舌打ちしたのは偶然だった。決して、部屋の片隅のハカセが気に障ったということはなかったし、その声に集中を乱されたというわけでもなかった。完璧に研ぎ澄ませたはずのサーベルにわずかなバリがあった、それだけだ。
 だが、不幸なことにタイミングが一致してしまった。壁に額をつけるようにして座るハカセの肩が跳ねたのを、ジョーは見逃さなかった。
 ジョーはオイルクロスとサーベルをテーブルに置く。顔を向けるのと、金色の頭が動いたのはほぼ同時。振り返ったハカセの焦点は、ジョーの顔のすぐ脇の壁にあった。案の定というべきか。目を合わせるのが怖いらしい。
 睨みつけたりはしないし、そもそも、腹を立ててすらいないのに。
 どちらかと言えば、遠慮するあまり床に直接座って作業している姿を見る方が、快くない。ため息を飲み下す。不自然にのど仏が上下したことに目ざとく気づいたらしい。うろうろと視線がさまよった。
 追い打ちをかけたような罪悪感をやり過ごす。
「ごめん、邪魔だよね。部屋に戻ってやるよ」
 しどろもどろに言って膝を立てるのを、視線で制する。すくみ上がる手元から、なにか、光沢のある平たいものが落ちた。腿に跳ね、本のように開いた。軽い音を立てて床を滑る。
 慌てた様子で拾おうとするが、ジョーが立ち上がるほうが早い。壁に背を押しつけて動かなくなってしまったハカセの方へと歩み寄る。隣に腰を下ろした。
 手を伸ばして拾い上げ、壁に背を預ける。
「なんだ、このがらくた」
 目線の高さに持ち上げたそれは、小さなパネルが上下についた二つ折りの機械だった。振ってみても特に音はしない。小さなボタンがいくつか。あざやかな青色をしている。宇宙から見た、地球の色。
 これ自体は、特に美しいものとも思えない。
「がらくたじゃない、お宝だよ。持ち主にとってはね」
 手の内からそっと抜き取られる。破損の有無をチェックするようにためつすがめつする瞳は、どこからどう見ても誇り高い職人のものだ。
「これ、最新モデルなんだってさ。予約の予約待ちなんていうのもあったらしいよ」
「詳しいな」
「うん、まあ。こういうの、いちおう調べたからね。なにがあるかわかんないし、知っといた方がいいだろ」
 なんたってハカセだし、と照れ笑いして、慌てたように手を振る。自画自賛じゃないよ、と。誰もなにも言っていないが。
 ルカが脳内で強烈なツッコミを入れたのだろうか。
 端布に手早くくるむと、工具箱の上に大切そうに載せた。なでる手つきはいたわりを含んでやわらかい。
 旅人のようなまなざしが、青いお宝ではない遙か遠くへと向けられていることに気づいたのは、不覚にも、口元がわずかな弧を描いたからだった。プラスの感情ではない、諦念に彩られた微笑。常に最悪を想定する性質は軽んじられがちだ。その慎重さは、海賊の中にあっては貴重なものだが。
「僕らはお宝を求めてここまで来たけど、もうないってこともあり得るんだよね」
「……ああ」
「も、もちろん、どこにあっても、キャプテンが見つけるだろうけどさ! 宇宙最大のお宝なんて、わくわくするよね」
 もちろん、見つけるのはジョーかもしれないし、ルカはお宝探すの上手だし彼女かも、ううん勘のいいアイムかもしれないね――いちいちつけ足す様が哀れだ。自分の名をカウントしないことも含めて。
 弱いわけではないし、役立たずというわけでもない。気が弱いのは、優しさの裏返しだ。他の誰にもない思慮深さの弊害でもある。
 このあたりが、ルカの気に障るのだろうが。
 ぽん、とハカセの膝を叩く。膝蓋腱反射以上の勢いで足が跳ね上がった。穏便に活を入れたつもりだったが、全身で壁に張りつき、驚愕を示している。
 フォローは放棄し、工具箱へと目を向けた。
「直すのか」
「これ? あとは調整だけだよ。手持ちのパーツ加工して使ったんだ。地球にない素材入れっぱなしにしとくの、不安だけど。これしかないしさ」
 言い訳めいた口調。取り繕うように足を引き寄せた拍子に、工具箱が賑やかな音を立てる。
 膝の向こうに隠れていたものを見つけた。メタリックな輝きを散りばめた、赤みを帯びた小さな木箱だ。宝石のひとつもはめられていない、シンプルな構造。ジョーの記憶通りなら、大きさの違う3つの箱から成り立つはずだが――ふたつが壊され、いちばん小さな箱が残っているだけだった。
 それも、たった1本のビスで外箱が止められている状態だ。
 視線に気づいたか、ハカセはそれを背後に隠してしまった。マーベラスやルカなら腕をわしづかみにしてでも――あるいはハカセを押しのけてでも確認しただろうが、そこまでする必要もない。
 視線が泳ぎまくっている様子を見れば明らかだ。
 確か、地球のいくつか前に立ち寄った亡星で見つけたオルゴールだ。マーベラスたちは興味を示さなかったが、ハカセにとっては価値のあるものだったらしい。破損したシリンダーを復元しようと、懸命に資料に当たっていたはずなのに。
「それ、よかったのか」
 照れくさそうに笑う。がしがしと金髪を引っかき回すと、米粒のようなビスが転がり落ちた。髪に絡まっていたらしい。ごまかすように拾い集めながら言う。
「構造はわかったし、素材も調達できるからね。時間はかかるけど、そういうのもさ、楽しいし」
「だから直してやったのか? 自分の宝をつぶして」
 ハカセは目を見開く。
「壊れて泣いてる子どもに、直してやると約束したんだろう」
 大きなあめ玉をうっかり飲みこんだ子どものように目を白黒させる。気づかれているとは夢にも思わなかったらしい。臆病者のそしりの裏に沈められた賢明さも、自身には及ばないようだ。
「……な、なんで」
「わかるのかって? お前がドン・ドッゴイヤーで、俺がジョー・ギブケンだからだ」
「そっか」
 気が抜けたように笑う。珍しくも屈託のない、物静かな微笑みだった。
 これだから、頭のいい奴は悪くない。余計な理由も言葉もいらない。ハカセと波長が合うことは滅多にないが、シンクロした瞬間はなんとも言えない心地になる。
「そうだよね」
 端布が空気をはらんで羽毛のように舞い落ちた。
 青いお宝を頭上に持ち上げ、光に透かすような仕草をする。口元がやわらかにほころんだ。
「悪くないよね、地球って」
「地球そのものが宝石だからな……誰かが言ってたが」
 その誰かさんの怒声が、伝声管を通じてガレオン中に響き渡る。口汚い罵詈雑言の数々は、マーベラスさえしのぐだろう。ハウリングがひどすぎて、事細かには聞こえないのが救いだ。
 すぐに声が遠ざかったのがいい前兆とは思えない。
 ふたりは顔を見合わせ、早々に自室に引っこむことにした。次の宝探しまで、しばしの休息だ。

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 放映前で、あやふやな人物像ながら、全力でフライングしてみました第1弾。性格やら口調がまったく違う自信があります。
 船内のイメージはサージェスのサロンです(なぜか