天使の挨拶/ゴーカイ&ゴセイ



 今日の空も気持ちがいいくらいに晴れ渡っている。遠くの雲間をよぎる鳥の群れもよく見えた。
(こういうときにちゃんとやっておかないとね)
 袖をまくり上げ、ハカセは甲板掃除の真っ最中だ。同じく、鎧もモップを持ってきて手伝ってくれている。他のメンバーが買い物や鍛錬に行く中、彼だけは残ってくれたのだ。
 気を遣ってくれたらしい。
(今日の夕飯は、鎧の好きなものかな)
 吹き抜ける風は冷たかったが、陽差しの暖かさがさほど寒さを感じさせない。洗濯物でも干したら気持ちよさそうだ。もっとも、乾燥機にすべてを任せているため、そんな機会はなさそうだが。
 甲板に泳ぐ洗濯物を引きつれてのザンギャックとの戦闘なんて、さすがに怖すぎる。
 とはいえ、ここ数日はザンギャックの襲撃はもちろん、出現もなかった。ワルズ・ギルをたたきつぶしたことが、ザンギャック側にとってかなりの損害となったのだろう。
 端まで行って戻ってきた鎧が、ざぶざぶとモップを洗いながら笑いかけてきた。
「ドンさんってほんと働き者ですよね。みんなのご飯を作って、ガレオンの整備にお掃除まで! 尊敬します!」
 びしっと敬礼までしてくれる。
 鎧はいつも大げさだ。そんなたいしたことなどしていないのに、さもすごいことであるかのように一生懸命褒めてくれる。悪い気分はしないが、自分のふがいなさが目についてしまうことも皆無ではなかった。
 それを表に出すことはなくなったが。
 卑屈さはなかなか消えてくれない。
「僕はできることをやってるだけだよ」
「その謙虚さ! ドンさんのいいところですよね!」
「なんで、お前はそうテンション高いの……」
 さすがにちょっと疲れる。
 モップにあごを乗せ、ハカセはため息をついた。雲間に目をやったハカセは、我が目を疑った。大きな鳥がこっちに飛んでくる。
 この距離ではよくは見えないが、大きさからして――。
「ドンさん?」
「ねえ、あれさ、なんだと思う?」
 自分よりは視力の良さそうな鎧に訊いてみる。彼は首をかしげたあと、指さす先に顔を向けた。手でひさしを作り、目を細める。
「鳥? にしては大きいですよね……まさか、ザンギャック!?」
「うん、やっぱり鳥じゃないよね」
 メインマストの向こう、薄い雲の合間を抜けて、鳥に似た大きな影が一直線に近づいてくる。鷹や鷲ではない、飛行機ほど大きくもない――間違いない。かつてまみえた彼らだ。
 敵かと身構える鎧を軽く制する。
「ドンさん、あれって……」
「護星天使だよ」
「えぇええ!? ご、護星天使!?」
 耳元で絶叫するのはやめてほしい。軽く聴覚が飛びかけた。倒れたモップが鎧のすねを直撃する。彼は奇声を上げて飛び上がりながらも、ハカセにすがってきた。肩をつかまれ、がくがくと揺さぶられる。
「護星天使って、あの護星天使さんですか!?」
「あのってなんだよ」
「天装戦隊ゴセイジャーさんですよね!?」
「僕は他に知らないけど。もー、さっきからなんだよ、ひとりでそんな大騒ぎして」
 頭上に影が落ちる。見上げれば、メインマストにふたつの人影があった。黒いジャケットの青年と、黄色のジャケットの少女だ。背に頂く鳥のつばさを折りたたみ、親愛のまなざしを向けてくる。
 なぜか、大きな段ボールをひとつずつ抱えていた。
「久しぶりだな」
 先に降りてきたのはアグリだった。一瞬遅れて、モネも甲板に着地する。
「久しぶりだね、アグリ、モネ」
 ハカセの隣には、感激のあまり――だと思う――身もだえする鎧もいるが、アグリは少々引き気味に、モネはまるっと無視して笑いかけてくる。
 色々不安だったが、ハカセは笑みを返した。両腕を軽く広げ、歓迎の意を示す。
「どうしたの、こんなところまで?」
「すっごくいい野菜ができたから、持ってきたの。マーベラスがいっぱい食べるから大変だって、前言ってたじゃない。それと、ゴーカイジャーの大いなる力を手に入れたお祝いにね」
「わー、ありがとう。覚えててくれたんだ」
「そりゃあな。宅配便にしようと思ったんだが……住所がわからなくてな」
「そ、だから届けに来たの。久しぶりに会いたかったしね」
「ほんと嬉しいよ。わざわざ持ってきてくれるなんてさ、ありがとう」
 モネはにっこりと笑う。なぜか、アグリは照れたようにそっぽを向いた。
「べ、別に、わざわざ持ってきたってわけじゃないからな。たまには……」
「はいはい、お兄ちゃんはいいから」
 モネは肩で軽く兄をこづいた。アグリは苦笑いとともに一歩下がり、ハカセの前にモネが歩み出る。はい、と段ボール箱を差しだされた。
「栄養たっぷりだからね。丹精こめてつくったんだもん、おいしいよ」
「うん、ありがと。でもなーんか嫌な予感……」
 段ボールを受け取った瞬間、肩が抜けそうになった。腕を引きちぎるような重量に、慌てて甲板に置く。
「うわ、なにこれ、すっごく重いじゃん」
「何回も来るのはちょっと面倒だし、限界まで詰めてきたの」
「うわあ……これ、僕じゃダメだぁ……あとでジョーにでも頼まないと」
「言っとくけど、お兄ちゃんの方がもっと重いんだからね」
 アグリの抱える段ボールは、ハカセの足下にあるものよりも一回りは大きい。あんなものを持ったら、腕が抜けるどころか腰がおかしくなりそうだ。
 アグリが首を傾ける。
「そうか、あいつにはランディック並みのパワーがあったな」
「お兄ちゃんといい勝負するなんて、やるよね」
「ばか、俺の方が勝ってただろ! ま、まあ、あいつもすごく強かったし、負けるかも知れないって何度も思ったけどな」
「そういうフォローを自分でしちゃうのが君らしいね」
 紹介してください、と言わんばかりのプレッシャーを隣からひしひしと感じたが、ハカセとしてはあまり彼らと鎧を近づけたくない。理由は簡単だ、護星天使はほのぼのとした生き物ではあるが、ランディック族はちょっと火がつきやすい。
 あまりしつこいと怒り出す確率がある。主に妹の方が。
 ここまで一切鎧の存在に触れようとしないが、アグリはちゃんと気にかけているのがよくわかる。誰なんだ、と言いたげにちらちらと視線を寄越してくるのがその証左だ。
 完全に眼中の外に置こうとしているモネが怖い。
(お願いだから鎧、僕が言うまで……)
 もちろん、ハカセのささやかな願いは叶わなかった。
 突然、鎧が姿勢良く挙手した。何事かと目を見はるアグリと、明らかにうさんくさそうなモネに構わず、はきはきと口を開いた。
「あの! 天装戦隊ゴセイジャーの、ゴセイブラックさんとゴセイイエローさんですよね!」
「そうだけど?」
「俺、伊狩鎧です! ゴーカイジャーのゴーカイシルバーやってます! いやー、感激です、こうして先輩の皆さんにお会いできるなんて……」
「この前来たとき、いなかったよね」
「あのあとに入ったんだよ。君たちで言うゴセイナイトみたいなものかな」
「ふーん」
「よろしくお願いします!」
 鎧はモネに手を差しだした。だが、モネは不思議そうに鎧と差しだされた手を見つめるだけだ。ここでフォローの必要性を感じたらしい兄が、左手一本で重そうな段ボールを抱えて、鎧の手を取った。
 鎧の顔がぱあっと明るくなる。
「俺はアグリ、こっちは妹のモネだ。なんか悪いな、ばたばたしちまって」
 鎧は両手でアグリの手を握りしめると、段ボールが落ちそうな勢いで上下させる。この時点で、すでにアグリの腰が引けている。モネが横合いから段ボールを引き取った。
「お会いできて、感激です!」
「そんなに喜んでもらえると、こっちも嬉しいよ……」
 少し複雑そうにアグリ。鎧はさらに顔を輝かせると、なにを思ったか、思い切りアグリに抱きついた。
「うわ、なんだお前!?」
「何やってるんだよ、鎧! さすがに失礼だろ!」
「あの、よかったらサインなんかもらえちゃったり……」
「ちょっとあんた、なんなのよ!」
 ハカセが引きはがしにかかるよりはやく、モネが間に割って入った。左手一本で難なく鎧を引っぺがすと、猫科を思わせる瞳で鎧を睨みつける。胸元に憤然と指を突きつけた。
「それくらいであたしたちを倒せるなんて思わないでよね」
「……モネ、そいつはケンカを売ってきたんじゃないと思うぞ」
 そっと箱を受け取り、アグリが途方に暮れたように言った。モネは目をまん丸に見開く。
「プロレスじゃないの? レスリングとか?」
「たぶん違う」
「絶対違う」
 アグリとハカセの声がハモった。モネはうさんくさそうに鎧を眺めやる。
「こいつ、なんなの?」
 ハカセは苦笑するしかなかった。同時に、ちょっとだけ鎧を恨む。なんでこう、後先考えずに暴走してくれるのか。
「うーん、スーパー戦隊オタク? 君たちのこと、大好きなんだって」
「はい! もう、俺、みなさんをすっごく尊敬してて……」
「鎧、もーいいから! ね、よかったら入って行ってよ。お茶くらい入れるからさ。マーベラスたちも会いたがると思うし」
「うーん、気持ちはありがたいんだけど……」
「悪いな、このあと、殿様のところに行くんだ。こいつを渡しにな」
 ひょいと箱を持ち上げてみせる。だから箱がふたつなのか。
「知ってるー? 殿様、最近料理にはまってるんだって」
「殿様!? 殿様ってまさか、侍戦隊……」
 慌てて割って入る。
「そっか、ちょっと意外! 今度さ、時間があるときにでも寄ってよ」
「うん、今度はアラタたちも連れてくるね」
「あいつらも会いたがってたからな。俺たちだけ会ったって知ったら、怒られるかもな」
 ふたりの背に光のつばさが広がる。挨拶を交わし、軽く甲板を蹴ったふたりは、雲間に吸いこまれるように飛び去っていった。
 鎧が手すりから雲を覗きこむ。
「うわあー……本当に、羽があるんですねえ」
「さっきも飛んできたろ。それより、ダメじゃないか。このあとも用事があるって言ってるのに、かじりついたりして」
「すみません、つい、スイッチが入っちゃって……」
 面目なさそうに鎧は頭を掻いた。
 気持ちとしてはわからないでもないだけに、あまり強くは言えない。
「まあ、いいけど」
 段ボールを開けてみると、中に入っていたのは、ジャガイモやにんじん、タマネギなどなど、根菜が中心だった。大きなカブもごろごろと詰めこまれている。
 ずっしりと重たいジャガイモを手にし、鎧が笑う。
「今日はカレーですかね」
「そうだね。天使たちが持ってきてくれた野菜だっていったら、きっとみんな喜ぶよ」
 鎧がしおれた。ジャガイモを軽くキャッチボールしながら、その場に座りこんでしまう。
「どうしたんだよ、鎧」
「俺、嫌われちゃったんでしょうか……なんか、冷たかった気がします」
「そんな気はないと思うよ。今日は、時間がなかったんじゃないかな」
 ガレオンを見つけるのに予想以上に手間取ったのだろう。所在がわかっている志波家を先に訪れなかったのは、時間を指定されていたからだと推測する。地元では有名な家らしいし、なにかと客人も多いのだろう。
 野菜を渡すためだけに来てくれるとは思わなかった。
「地球を出る前に、ちゃんと挨拶していかないとね……」
 へこんでいる鎧には、その声は聞こえなかったらしい。微かなつぶやきは風に吹き散らされ、空の彼方へと吹き飛ばされていった。

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 予想以上にモネが強気な子になってしまいましたorz ランディック兄妹大好きです(*ノノ)
 ゴセイジャーが再登場すると聞いたお祝いに(〃▽〃)b