母と子供と……/ゴーオン



 このところ、妙に範人が手伝いをしてくれる。
 嬉しくないわけではないが、理由がよくわからない。首をひねりながら、連はゴミ出しに行く範人の後ろ姿を見送った。
 町中の空き地に停めたギンジロー号の外には、いつも通り、のんびりとコイントスをしている走輔と、髪のセットに忙しい早輝、何やら難しそうな本を読んでいる軍平がいるが――誰ひとりとして、連の手伝いを申し出るものはいない。当然のような顔をして、自分のやりたいことに没頭している。
 もちろん、今まではそれが当たり前だったし、連が何かを要求することはなかったが。むしろ、範人の自発的手伝いが、少々落ち着かないくらいだ。おまけに、ゴミ集積場へ向かう足取りは弾んでいて、義務感から申し出たのではないことがわかる。
「なにがあったんだかなぁ……」
 こっそりとつぶやくと、連は台所仕事に戻った。
 範人のバイトの一件があってから、連日肉入りオムレツが続いている。早輝などはそうそうに肉入り要求をやめてしまったが、子供っぽいところのある走輔は、当てつけのように肉入りオムレツを要求してくる。
 今朝などはそれで軍平と一悶着を起こし、ボンパーが体当たりでふたりを止めるという一幕もあった。走輔も軍平もすぐにかっとなる。
(子供なんスかねー)
 皿をすすぎながら、こっそり笑みをこぼした。
 その点、早輝は手もかからない。ときどき突拍子もないことを言い出したりはするが、あのふたりに比べればまだまだおとなしい方だ。子供っぽい部分もあるが、年相応だと思う。
 範人に関しては、いまいちよくわからないというのが現状。妙に達観した部分もあるが、全体的には子供じみていて無邪気だ。
 彼は、はじめの方こそ肉入りオムレツを食べていたものの、オムレツから肉をほじくり返して、隣の走輔や向かいの軍平のお皿に放り込むようになった。行儀悪いとしかりつけようとしたが、ふたりが当然のようにそれを食べ出したためにその機会を失い――現在に至る。
「たっだいまー!」
 範人が帰ってきた。手には求人雑誌を持っている。
「お帰り。それは?」
「角のコンビニに置いてあったから、持ってきた。またバイトしようと思ってさー」
 嬉しそうに言う範人。アルバイトが好きなのだろうか。それとも、人と知り合うのが好きなのだろうか。
「ふん、またかよ。呼んでも来なかったら、ゴーオンジャークビにしてやるからな!」
「だいじょーぶだいじょーぶ!」
 求人雑誌を広げる範人。隣からのぞき込む早輝と、興味がないわけではないらしい走輔。
 軍平は遠くから3人を眺めている。連と目が合うと、取り繕うように読書に戻ってしまった。
 笑いをこらえながら、さっさと食器をしまっていく。
 範人が求人雑誌を広げているのを見ても、誰も文句を言わなかった。早輝は大抵微笑ましそうに眺めているが、隣で一緒に探していることも――アルバイトをする気はないようだが――ある。走輔はちょっとした嫌味を言うか「焼き肉おごれよ」と言って、範人にしかめっ面をされることが多い。軍平は見ての通り。何も言わずに眺めているか、「そこはやめた方がいい」などと助言をしたり。
 範人だから仕方がない、が定着してきているような気がする。もちろん、範人自身もその空気に気がついてはいるし、甘えすぎないように注意してもいるようだが。
「前はバイト代もらえなかったからなぁ……」
「え、そうなの?」
「迷惑料だって。まぁ、仕方ないけどさ……今度頑張ればいいんだし」
「そうだよね、スマイルスマイル。次がんばろ?」
「早輝がバイトするわけじゃないだろ」
 走輔のツッコミには、ふたりの見事なユニゾンが答えた。
「応援くらいいいじゃない」
 遠くで軍平が噴き出している。慌てて本に顔を伏せたが、走輔はばっちり気がついたようだ。ものすごい勢いで立ち上がり、軍平の方に突っ走っていく。
 対する軍平は本を椅子に置いて立ち上がり、待ちかまえる体勢だ。
「あーあ、はじまっちゃったよ」
「ふたりとも、ほんと子供だよねー」
 範人と早輝ののんきな声など届かないようすで、走輔と軍平はとっくみあいを始めてしまった。
 止めるべきか悩んだが、放っておくことにした。力の加減がわからない子供でもないし、エスカレートするなら止めるという程度がちょうどいいだろう。
 ふと思った。
(俺が家出したら、どうなっちゃうんスかね)
 想像してみてげんなりする。ケンカ勃発どころのはなしではすまないだろう。
 そんな予定は今のところないが、家出するのはやめようと心に固く誓う連だった。

*  *  *

 範人はみんなの弟、連はみんなのおかあさん。