交わした声の先/キョウリュウ 車内に落ちる沈黙が重たい。 ハンドルを握るノブハルは、横目で助手席を見やった。やや青ざめた顔を伏せ気味にして揺られているのはソウジだ。先ほどまでメールを打っていたが、今は刀袋を握りしめている。まるですがっているようだとノブハルは思った。 左足が痛むのだろう。 「ごめん、無理させて」 スラックスで隠されているが、ソウジの左足には包帯が巻かれていた。ねんざだという。 そんなそぶりは少しも見せなかったから、誰も気がつかなかった。観察眼の優れたダイゴも、意外に目端の利くイアンも、構うことの多いアミィも、もちろん、なにかと気にかけてしまうノブハルも。 誰にも気がつかれないよう、細心の注意を払って押し隠したのだろう。踏みしめるたびに、歩を進めるたびに、受けるたびに、剣を振るうたびに――走る激痛を。 「言ってくれてよかったんだぞー。一緒に戦う仲間なんだから」 信頼しろとは言わない。でも、信用はしてほしい。思いをこめて声をかける。ソウジは顔を上げた。 「これくらいで心配されたくない」 「させてくれよ、心配くらい。確かに、ソウジじゃなきゃどうしようもないデーボモンスターだったし、誰も代わりはできなかったけど」 出現したデーボモンスターは剣の使い手だった。たったの一閃で橋脚を斬り、橋を落としたすさまじさ、あまりの速さに、誰もが息を呑んだ。ノブハルもだ。鳥肌が立ち、背筋は悪寒に震え、口の中はからからに乾いた。 相も変わらず前向きなダイゴが挑みかかっていったが、恐るべきことに彼は一瞬で返り討ちにされ――剣豪のデーボモンスターが標的としたのは、ソウジだった。一騎打ちなんてばかばかしいとイアンは笑ったが、ソウジは受けた。受けざるを得なかった。 人質がいた。ソウジ自身、そして、街の人たち。 誰も替わることのできない戦いは、決着までに一週間近くを要した。同じ時間、同じ場所で、どちらかが倒れるまで果たし合うことをモンスターは望み、ソウジも呑んだ。 途中で、ソウジが足を痛めていたことなど、誰も知らなかった。この数日、彼が食欲不振と不眠に襲われていたことも、ついさっき知った。 極限状態で、勝利したのだ。 「弱音を吐くなんて……情けない」 「素直に弱音を吐けない方がみっともないよ」 ぐっとつまる。それでもうつむかない気丈さは、妥協を知らないきまじめさから来るのか。 信号が赤に変わった。 「でも、年上ばっかなのに気がつけなかった僕たちも悪い。ごめんな」 腕を伸ばし、少し乱暴に頭をなでた。ソウジはわずかに身を固くしたが、逃げる様子はない。おとなしくなでられている。反応に困ってか、視線が足下をさまよっている。一瞬だけ目があって、ふいと逸らされた。 信号が青になった。左右を確認、発進させる。 「信号の先の公園の前、左」 鳥の巣のような髪を直すこともなく、ソウジは淡々と言う。 (ああ、うん、お年頃かあ……) 前方を睨みつける横顔に、顔がほころびそうなのを必死にこらえた。なんとか照れを悟られまいとするそぶりが、ほほえましくて仕方がない。 ウインカーを出し、確認しながら車を寄せていく。木立に囲まれた公園前の角を曲がる。 途端、雰囲気が一変した。 (えっなにここ、現代?) 古き良き日本に迷いこんでしまったのかと――うっかりデーボス軍の罠に迷いこんで、タイムスリップでもさせられてしまったのかと思った。隣のソウジはと見れば表情ひとつ動かさないから、きっと、彼には見慣れた光景なのだろう。 こんな、武家屋敷のような古民家が品よく並ぶ住宅地など、観光地以外では初めて見た。 ノブハルの家もかなり古いが、歴史の重みを余さず受け止めたような風情はない。醸し出される趣深い空気に圧倒される。正直、薄汚れた軽トラで乗りこむこと自体が間違っているようにさえ思えてくる。 ほんの少し行けば大通りがあるのに、その騒がしささえ、春めいた木々に吸われているように感じられた。 「ほんとに、お家この先……?」 「一番奥」 生木を折るような声音の最後がにじむ。 「引いたわけじゃないって。うちのまわりと違ってなんかすごいから、驚いただけ。いやー、正月頃来たいね」 「なんで?」 「門松とか正月飾りすごそうだし、見てみたいなーってさ。出すのも片づけるのも大変だろうな……あ、もしよかったら、僕呼んでよ。割引しちゃうよ」 ソウジの目元が和んだ。唇の両端に、穏やかな影が刻まれる。 「腕利きのなんでも屋さん知ってるって、言っとく」 「よろしく」 笑顔を向ければ、ソウジも淡い微笑を返してくれた。 これから家に帰るというのに、ずいぶんと表情が硬い。まだ、わだかまりは完全には解けてはいないということだろう。長年に渡って抱き続けてきた思いが、降り積もった感情が、そう簡単に昇華できるとは思わない。 指示されるまま角をいくつか曲がる。奥へと進むにつれ、門構えがどんどん立派になっるのは気のせいではないだろう。 (大豪邸になっていく……) 嫌な汗が背中をだらだらと伝い落ちていく。 本当にいいのだろうか。3ナンバーですらない車で乗りこんでいって。荷台にははしごやらいろいろな道具が詰んであるし、エンジン音はラジオの音が聞こえなくなるくらいにはにぎやかだ。 この深閑とした風情をかき回しまくっていることに、冷や汗どころではない罪悪感を覚える。表情は半死人かも知れない。 「あそこ」 ソウジが指先を向けた先を見て、ノブハルは急ブレーキをかけそうになった。 それは、神社仏閣と見まがうような立派な薬医門だった。両側に味わいのある築地塀を従え、堂々とそびえ立っている。閉ざされた門扉を支える門柱やその金具さえ重々しい。周辺はきれいに掃き清められている。 冗談だと思いたかったが、ソウジは冗談を言わない。 極めつけが、年輪のあざやかな表札に躍る「立風館」の見事な墨跡。 間違いなくここだ。 (住む世界が違う……外商とか使うんだろうなあ) 魂が抜け落ちそうだ。 灰になりそうなノブハルには目もくれず、ソウジが助手席から滑るように降りた。 「今、門を開けるから」 聞き間違いかと思った。 「えっ、開けるの? なんで?」 「門を開けないと、車入れられないだろ」 (なんで車入れる必要あるの……?) わずかに苦笑を帯びた語尾に、ドアを閉める音が重なる。声をかけるより早く、ソウジの姿は通用口へと消えた。扉を確認することもなく、慣れた様子で鍵を出していたところを見ると、常に施錠されているらしい。 その光景に、何とはなしに胸が痛む。その理由は、自分でもよくわからない。扉をくぐるほんの一瞬、足を引きずったのも見逃さなかった。 (病院の方がよかったかな。でもなあ、保険証持ち歩いてないかもだしなあ……) ノブハルはよかったら送っていくと言った。断ろうとするソウジを担ぎ上げ、せっかくだから乗せて行ってもらえと助手席に押しこんだのは、ダイゴとイアンだ。なぜかダイゴまで乗りこんできたが、定員は2名、降りてもらった。 本当は、誰の手を借りることもなく、いつもと変わらずに家に帰り着きたかったに違いない。 門扉が大きく開かれた。ソウジが入ってくるよう促す。 (ええーほんとにいいの、こんなとこ入っちゃって) 運転席から見えるのは、限られた狭い範囲だけだ。それでも、入園料を取るような庭園と同じく、しっかりと手入れが行き届いているのがわかった。財力があるというだけではない。ここには確かに、経た時代がどっしりと息づいている。 ここに車を乗り入れるなんて、とんでもない。 だが、ソウジは扉の隣、進路の邪魔にならないところで待っている。いや僕このまま帰るよ、とは言い出しにくかった。おそるおそる車を進め、指示されるまま庭の一角に止める。心臓を押さえながら車を降りた。 「いやー、すごいねほんと」 「古いだけ。手入れも大変だし」 「そうだ、さっき言おうと思ってたんだけどさ、僕たちが気づけなかったのはほんと悪かったと思ってるよ。気づいたからって、なにかできるわけでもないけど」 ソウジはおとなしく聞いている。戸惑いを含んだ視線が、控えめに先を促した。 「だけどさ、隠すの上手すぎるだろー。あんま難しい問題、出さないでくれよ」 「そんなつもりは……」 「それにさ、なんにも言ってくれないってのは、寂しいだろ」 いちおう仲間なんだしさ、とソウジの頭に手を伸ばした。かき混ぜた髪をほどくようになでる。今度は、おとなしくなでられてはいなかった。しなやかな腕が跳ね上がり、剣ダコの連なる手がノブハルの手首を軽くつかんだ。 子ども扱いが嫌なのかと手を止めるが、ソウジは離れない。 「いちおうじゃない」 険を帯びた声。胸の中を冬の風が通りすぎた。 「そっかあ」 「仲間だと、思ってる」 ノブハルは目をしばたたかせた。てっきり、拒絶だと思ったのに。ノブハルの手を放したソウジは、考えこむように視線を落とした。言葉を吟味するように、一言ずつゆっくりと紡ぐ。 「思ってるのに、なにも言わないで、心配させて、迷惑かけて……悪いと思ってる」 「いやあ、迷惑なんてことはないよ」 「そう言ってくれるってわかってて言ってるんだ、ガキなんだよ。嫌になるくらい。ずるいし、甘えてる。……情けないんだ」 「ま、いいってこと。そういうのは子どもの特権。戦いのときはちゃんと大人扱いするから、こういうときくらいはね」 ソウジは複雑そうだ。強めに背を叩けば、戸惑いの視線が向けられる。誰に対しても冷めているのは表面だけで、距離をつかみあぐねているだけだろうという気がした。ときどき、ひどく素直な一面を見せる。 微妙な緊張感をはらむ空気を、着信音が揺らした。ソウジが携帯電話の画面を確認し、すぐにしまう。 「上がってくれって、父さんが」 「えっ」 この格好で? あんな厳格そうな人の前に、こんな作業用のつなぎ――しかも、今日は派手に突き転がされたから、かなり汚れがひどい――で出るなんて、気が引けるどころの話ではない。そぐわないことこの上もないが、大丈夫なのだろうか。 ソウジは頓着せず身を翻した。こうなったら、ついて行くしかない。 「……ありがとう」 耳元で騒ぐ風と、潮騒のような葉擦れの中、確かにその声は聞こえた。 「へっ?」 ソウジが振り返る。 「なんでもない!」 少し怒った口調、微かに朱を帯びた目元、合わない視線――足早に歩き出そうとするのを、慌ててつかまえた。 「足ケガしてるんだから、ゆっくりゆっくり」 「いいよ。ひとりで歩ける」 「こういうときは素直に甘えるもんだぞー」 「いいって」 ソウジにじゃれかかりながら玄関へと向かうノブハルは、まだ知らなかった。 家まで車で送り届けた――たったそれだけのことなのに、某有名百貨店の包装紙でくるまれ、「御礼」の掛け紙のかけられた箱を受け取らされることになることを。 帰宅したノブハルが、妹・優子とともに開いてみてみれば、その充実ぶりから、確実に一葉さんクラスだと知れた。 「家まで送っただけでこれって、どんなお坊ちゃんなの……」 呆然とつぶやく優子に、ノブハルはなにも言えなかった。ものすごい大豪邸の、すさまじいお庭をもつお宅の、とてつもなく古い家柄のお坊ちゃんだよとは、ちょっと言いにくかった。 「今度、軽くお礼しとくよ……さすがに、お返しするのはおかしいだろうし」 「そうね。好きなものでもごちそうしてあげたらいいわ」 (ソウジが好きなもの……クリームソーダか?) 果たしてお礼になるだろうか。 * * * いまいちソウジのキャラがわかりきっていないのに、どんどこ書いていきます。やりたい放題そこが問題な状態……すべては、キョウリュウジャーブレイブすぎるためです。 イメージ的にはスマホです。第3話以降のイメージの話を、第1〜2話にかけて書いていたので、いろいろ違うと思います\(^o^)/ |