大空高く、投げ上げろ/キョウリュウ



 そういえばさ、とつぶやいたのはノブハルだった。
 今、スピリットベースにはアミィとノブハル、ソウジしかいない。アミィたちはテーブルについているが、ソウジは少し離れたところで素振りをしていた。我関せずといった面差しは無機的で、話しかけるのがはばかられる。
「どうしたの?」
「獣電竜はさ、獣電池で動くだろ?」
「今更なに言ってるの」
 冷めた声で言ったのはソウジだ。ふわふわのタオルで汗をぬぐいながら、熱を吸う黒曜石のまなざしを向けてくる。
 ノブハルは冬風のごとき視線に気づいていない様子だ。チャージの済んだ獣電池を目の高さに持ち上げ、シリンダーの中のステゴッチと目を合わせている。アミィも獣電池を取り出した。シリンダーの中のドリケラはすまし顔だ。
「僕は不思議でならないんだ。どうやって、これをステゴッチまで届けてるんだろう」
「どうやってって、投げ……て……るわよね、あたしたち?」
「……投げてるね」
 なんとも言えない沈黙が落ちた。
 ノブハルの相棒のステゴッチは、普段は北極圏の氷の中で眠っている。アミィの相棒のドリケラは、北アメリカの壮大な大地の下で眠りに就いている。どちらも、移動しようとすれば飛行機が必要な距離だ。
 日本の竹林に眠るザクトルだけは、外国に散る他の獣電竜たちよりは近いが――それでも、一投で獣電池を投げ入れられる距離であることはほとんどない。
 ノブハルは頭を抱えこむ。
「ねえ、僕らってどうやってあれ投げてるのかな。いつも無我夢中で投げてるけど……ひょっとして成層圏突破してる?」
「大気圏再突入はないと思うけど」
「待って、そもそも、飛行機とか鳥とかに当たったりしたら大惨事よ。平気なの?」
「鳥以前にさ、投げてほとんどタイムラグなしに来るだろ。音速の壁、越えてる……気がする……けど、気のせい、だよね?」
 もしかして、ものすごい大爆音をそこかしこにばらまきながら、獣電竜の下まで獣電池は飛んでいくのだろうか。場所によっては、永久凍土をぶち抜いたり、岩壁を貫いたりしながら。その直後に、轟音をうならせて海を越え山を越え、もしかしたら雲も越え、獣電竜たちはやってくるのだろうか。
 まるでたちの悪い隕石だ。アミィたちが獣電池を投げるたびに、隕石観察家のみなさんがうっかり出動しているかも知れない。
 今まで、アミィたちがその事実を知らないだけで。
「……All right!」
「そ、そうだよな! 大丈夫大丈夫……僕たちの腕、大丈夫かな」
「……特に太くなってる感じはないわ。きっとスーツがすごいのよ!」
 地球の裏側までぶん投げる膂力というのが、どれくらいの筋肉からもたらされるものかはわからないが。キョウリュウジャーのスーツにそれだけの力があるのだと思っておく方が、精神的には安全だろう。
 ザクトルの獣電池を掌に載せたソウジが、複雑そうに眉をひそめた。
「どうした、ソウジ?」
 ノブハルが声をかけると、ソウジはひどく言いにくそうに口を開く。
「その理論でいくと、スーツがいちばん……」
「わ、わー! 今のなし! ほら、僕はあれだよ、キョウリュウジャーきってのパワーファイターだから!」
「そ、そうね! ほら、あたしたちは年上だから! ソウジ君だって、あと何年かすれば、地球一周してからザクトルの口にブレイブインするようになるわ、It's great!!」
「それはなんのフォローなの」
 ソウジの声が低まる。表情はほぼ変わらないが、目元に影が落ちた気がする。帰ってしまうだろうかと、こっそりとノブハルと視線を交わした瞬間。
「みんな、どうした?」
 トリンが現れた。このときばかりは、彼は頼りになる司令官・賢神トリンではなく、救世主に見えた。
 アミィとノブハルが口々に空飛ぶ獣電池についての見解をまくし立てると、トリンは――明らかに腰が引けていたが――なんだそんなことか、と膨らませていた羽毛を元に戻した。なにか無理難題を言われるとでも思ったらしい。
 その忍耐深いまなざしが、ひとり距離を置くソウジに向けられる。
「簡単だ。獣電竜と獣電池は引き合う。それが理由だ」
「あっ」
「なるほどー」
「きわめて合理的、かつブレイブだろう?」
 トリンがきまじめに指を鳴らした。色々台無しな気がする。
 ソウジは怒らなかった。
「そういうことにしとくよ」
 苦笑のような影を口元ににじませ、目尻に穏やかなしわを刻む。
 少しだけ、距離が縮まった気がした。

*  *  *

 たぶん誰もが思うこと。最初は拍手お礼用に書いていたのですが、気がついたら変わってた……。
 地球の裏側まで一投で届かせる彼らはすばらしいと思います。