剣は早緑〔さみどり〕/キョウリュウ



 差しだされたガブリボルバーを、首を振って拒んだ。
「なぜだ?」
 賢神トリンの忍耐深いまなざしを真っ向から受け止め、ソウジは短く答える。
「銃は知らない」
「だからといって、その剣だけでザクトルに挑むとは、あまりに無謀だろう」
 もっともな言い分だ。腹も立たない。
 刀袋をそばのベンチにたたんで置き、少し緩めた制服のベルトに鞘を挟みこむ。ブレザーを脱ぎ、鞄と一緒に刀袋の隣に置いた。カーディガンでは寒いが、これから動き回るのにブレザーは邪魔になる。ついでに喉元と手首のボタンを外し、ネクタイも抜いた。
 白い吐息がこぼれる。ざわりと鳥肌が立った。一瞬だけ見下ろした掌底は、青く染まっている。体の芯がみるみる冷えていく。指は痛みを覚えるほどにかじかんでいた。目の奥の違和感は、寒さにあふれ出そうとする涙をこらえているから。
 まぶたを閉じた。細く長く息を吐き、鋭く吸い、再びゆっくりと息を吐く。大気をためるように目を開けたときには、寒気はどこへともなく飛び去っていた。
「この寒さを気力だけでねじ伏せたのか」
 片時も離さず持ち歩いている刀だけを携えて、ソウジはゆっくりと竹林へと足を踏み入れた。しなる竹をその大きな肢体で折り、広場を作ってうつぶせていたザクトルが、待ちかねたように赤い眼を輝かせた。
 刀による真っ向勝負で、この巨体に勝てるとは思っていない。それでも、銃を手に勝つことは、矜持が許さない。
「ブレイブな奴だ」
 トリンの笑みを含んだ声が背中にはじける。ソウジは振り返らなかった。ゆっくりと立ち上がるザクトルを見上げ、立ち止まる。
 軽く足を開き、鞘を左手でつかみ、右手を柄に添えて居合いの姿勢をとる。
「来い、ザクトル」
 世界の彩度が落ちる。逆に、ザクトルと、その周辺の密度が暴力的なまでに高まった。


 あのときの感覚に、少しだけ似ている。竹林に出現したゾーリ魔を前に、ソウジはキョウリュウグリーンへと変身を遂げる。襲われた人たちはとっくに逃がしていた。
 竹林に踏みこもうとするザクトルの足を軽く叩く。
「お前はいい。大型が来ないか、見張ってて」
 ザクトルが不満そうに鳴いたが、もう一度叩いてなだめた。
「信じられないのか?」
 マスク越しに見上げれば、ザクトルは首を振り、しょぼんとうなだれた。お前たちのせいだ、と言わんばかりに鼻息でゾーリ魔の数体を蹴散らしてから、ようやく場所を空けてくれる。
 デーボス軍の標的は、日本に絞られつつあるらしい。その所以をソウジは知らなかったし、トリンも進んで教えてはくれなかった。あえて訊こうとも思わない。知る必要があるならトリンが自ら言うだろうし、必要性を感じたら問いかけるまでだ。
 戦う理由がわかっていれば、それでいい。
 ゾンビめいた動きで迫るゾーリ魔を睥睨し、ガブリカリバーを構える。
「キョウリュウグリーンが相手する。来い」
 ゾーリ魔は奇声を発し、一斉に飛びかかってきた。最初の一体を下がってかわし、すれ違い様に斬る。左右から迫る爪を一歩進み出ることでいなし、大きく剣を振って斬り倒した。背を狙う軌跡を刃で受け、はねのけながら踏みこんだ。鈍い痺れが手首を伝う。
 これで、四体。
 このくらいの数なら、ひとりでもまったく問題ない。
 ザクトルが吼えた。腹の底に反響するような轟音が竹林を揺らす。葉擦れが激しくざわめいた。ゾーリ魔の数体が倒れ、さらに数体が足を取られてバランスを崩す。ソウジは素早く斬り捨てた。
「興奮しすぎだ、少し落ち着け、ザクトル」
 困ったようなトリンの声。力になりたくて仕方がないザクトルが、なんとか割って入ろうと一生懸命アピールしているのだ。気持ちは嬉しいが、今しばらくはトリンに抑えておいてもらおう。
 これは、キョウリュウジャーとしての、ソウジの初めての戦いだ。お前が選んだ戦士は信頼に足るのだと、ザクトルに示すための戦いでもある。
「頼んだぞ」
 トリンの声に、一体を切り捨てながら答えた。
「わかってる」
 日本でのゾーリ魔の出現は増えつつある。だが、日本にいるキョウリュウジャーは、現在、ソウジただひとり。
 いずれは各国から集まるだろうが、それまでは、ひとりで戦わなければならない。
 負担とは思わなかった。日常生活に支障がない範囲ならば、いくらでも戦ってやる。剣で身を立てる時代が遙か彼方に翔り去った今になってデーボス軍が復活したのは、ある意味では運がよかったのかも知れない。
 ガブリカリバーを構え直し、ソウジは再び駆けた。

*  *  *

 相変わらず、全力で空想中。ガブティラ以外はまだちゃんと出ていないので、どんな子なのか楽しみです。私が書いたら、ザクトルさんはきかん気な甘えん坊になった……なんでだ……。
 浅井さんの背面受けが美しかった!