騒がしい1日の締めくくりに/キョウリュウ



 時代錯誤な家だ。自宅の門を見上げたソウジは、心底そう思う。
 立風館の血は古い。家系図をさかのぼれば、いくつかの空欄や怪しい部分は見つかるものの、戦国時代までさかのぼれる。誰がここまで守り通したのか、その情熱に感服すればいいのか、うんざりすればいいのか、ソウジにはわからない。
 連綿と受け継がれる暗殺剣は、剣の時代など遙か彼方にしか顧みることのできない現代となっても、立風館の血に刻みつけられている。
 歳月の重みを抱きこむ門に背を向け、ソウジは密かなため息をつく。
(疲れた……)
 最高の1日など望んではいないのに、どうして、いつも最低ぎりぎりなのだろう。今日こそは静かに本を読めると思ったのに。
 店の選択を間違えたか。
 昼食には遅く、ティータイムには早い時間帯のレストランなら、もう少し静かに過ごせると思ったのだが。
(もっと早く止めに入ればよかったのか)
 やたらオーラを振りまきまくり、嫌がらせのようにボタンを連打していたあの男――何度も睨みつけたのにまったく気がつきもしなかった。素人なのか、スルーされたのかまではわからない。
 だが、ウェイトレスをナンパし始めた時点で即座に止めに入っていれば、せめて、クリームソーダを飲み終えるまでの平穏は得られたかも知れなかった。
 あの店のクリームソーダは、悪くなかったのに。
(いや、デーボス軍が現れた時点でそれはないか……)
 本当に迷惑な奴らだ。永遠に眠り続けていればよかったのに。
 リュックを揺すり上げ、剣袋と本を手に、夕焼けへと傾きつつある空を見上げる。
 ソウジは自分のことだけで精一杯で、他のことに手を伸ばす余力などどこにも残っていない。余裕のあるふりをして受け流していても、中身はもう、これ以上なにも詰めこめないくらいにいっぱいいっぱいだ。
 からからに乾いた風が、漂白されたような木の枝を揺する。
(それでも選ばれたんだ)
 竹林で出会ってしまった、尊敬すべき戦士、敬愛すべき戦友――ザクトルに思いを馳せる。
 認めてくれた彼を裏切るわけにはいかないと思った。単純に、自分の居場所を構成する世界を踏みにじられるのが、気にくわないというのもあるだろう。
(キョウリュウジャー、か……)
 あんな、意味のわからない男と一緒に戦えるのだろうか。自称キング、勢い任せの我が道を行く男。正体を明かせと迫られたわけではないが、あんな風に変身を解除されたら、こちらが困惑することをわかっていないのか。
 気にしていないのか。
 もやもやする。
 他人と関わることすら嫌なのに、キョウリュウジャーとして戦う以上、どうしても彼らと関係を持つことになる。線引きをする分にはさほど問題ないだろうが、一切踏みこませないのは不可能だし、わがままだろう。
 わかっているからこそ、つながりを持ちたくない。
 人気のない小路は、もうすぐ終わりを告げる。人混みに晒されれば、嫌でも落としどころは見つかるだろうか。
 そこでふと気がついた。砂を噛んだ靴底が音を上げる。
(獣電池のチャージにはまだかかる。今夜は無理だから、取りに行くのは明日か)
 剣術でもデーボス軍とはそれなりに渡り合うことはできるが、大けがでもした場合の言い訳が面倒だ。気は進まないが――。
(早く帰った方が良さそうだ)
 一つだけ残っていた獣電池はどこに入れたか――ポケットを探ろうとした拍子に本が落ちた。
「ああ……」
 硬い音を立て、本のページが開く。今の衝撃で、少なからず傷がついただろう。わざわざ海外から取り寄せてもらったのに。
 拾おうと身をかがめて、それに気がついた。開いたページに記された名前。
 無意識に息を呑む。
(立風館……!)
 代々の立風館の中でも粋を極めたとされる名ばかりが記されていた。あまりの不意打ちに、視界がぶれた気がする。冷たい手が心臓をわしづかみにした。
 つま先で本を跳ね上げる。剣袋の紐を解き、鞘を半ばまで引き抜いた。左手で鞘をつかみ、鯉口を切る。まっすぐに跳ね上がった光芒は、まごうことなく分厚い本を両断していた。
 背後で剣袋が落ちる音がする。刀を鞘に納めれば、鋭く玉鋼が鳴いた。
「あっ」
 はっと我に返った。足下に転がるのは、無残に裂かれた本と、くしゃくしゃの刀袋。
 切り裂いた本は、2度と元には戻らない。なにか、取り返しのつかないものが壊れそうな気がした。風にあおられ、ばらばらに飛んでいくページの行く末を、見送ることができなかった。拾うこともできなかった。
 風になぶられる木々のように、胸の中も荒れている。
(まだ、帰れない)
 こんな混乱した頭で、父の顔を見たくない。
 人目のないことを確認しながら刀袋に剣を納め、足早にその場を立ち去った。心臓が嫌な音を立てている。

 せめて、この騒がしい1日の締めくくりに、最高のクリームソーダを。
 それくらいは許されるだろう。

*  *  *

 キョウリュウジャー観賞の興奮冷めやらず……書いてしまいました。初っ端から飛ばしすぎ私orz
 例によって、捏造が大量にまぎれている&キャラをつかみ切れていないのでいろいろ間違ってる状態です。
 リアルタイムで見られてよかった(^_^*)